室生小原の虫送り

室生小原の虫送り
2017年6月20日撮影

6月の中旬、大和の東部山間地で行われる「虫送り」。
奈良市内では針ヶ別所や小倉、天理市では山田の上・中・下地区、室生では下笠間や無山・染田とあり、今日は室生小原の虫送りを拝見させていただいた。
出発地となる極楽寺は以前焼失し立て替えられているが境内には樹齢200年とも言われる「極楽桜」があり春には大勢の花見客が来られるのだとか。

6時30分を目安として集落に向かって太鼓や鐘が打ち鳴らされます。

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7:00 境内で数珠繰りが行われます。
お寺自体は「融通念仏宗」のようですが、無住寺でもあり、あまり仏教色は無いものの、昔からのやり方を伝承されておられるようです。

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各自が用意した松明に火が着けられます。
乾いた竹をまとめて中心に杉の葉を入れた本格的な松明から、竹に油をしみ込ませた布を括りつけた松明まで長さや太さも含めて様々です。

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鐘と太鼓を先頭にあぜ道を照らしながら歩いて行きます。
ただ写真的には鹿よけのネットや生育した稲が大きく、松明の火が田んぼに移りこむような場所は見つけられませんでした。

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最後は集落の外れに集まって松明が燃やされて終了です。
先に記したとおり無住寺の虫送りということもあるのか、他所で見かける「祈祷札」はありませんし、特に供養のための法要もありません。

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當麻寺練供養(聖衆来迎練供養会式)と恵信僧都(源信)

2017年5月14日撮影

今回のテーマは「地獄と極楽」について書き留めておこうと思います。
地獄の反対語は「極楽」・・・ではありません。地獄の反対語は「天上界」です。

なぜならば、仏教では、六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界)の六つの世界があり、人間界の一つ上が「天上界」であり。一番下が「地獄界」と言われています。
では、極楽はどこにあるのかと言うと、この六道とは「別の世界」にあり、極楽はどんな世界化と言うと「阿弥陀様がおられる世界」となります。(正確には西方極楽浄土=阿弥陀如来、東方浄瑠璃世界=薬師如来などもある)

源信は現香芝市の阿日寺に生まれ、比叡山で修行し、良く出来た僧として今で言うとエリートコースを歩みますが、母の諌めにより名声を捨てて比叡山の横川に身をおき、「往生要集」を執筆します。
現在、源信はあまり有名な僧侶ではありませんが、源信がいなければ今の浄土宗も、浄土真宗も、親鸞も法然も無かったと言っても過言ではない日本仏教の恩師だと思います。

往生要集とは、(かなり大雑把ですが)天から地獄がある六道世界から抜け出して、阿弥陀如来の世界、西方極楽浄土に行く方法が書いてある書物です。

これが當麻寺で行われる「當麻寺練供養(聖衆来迎練供養会式)」で、往生要集を視覚化したものと言われています。
ここ當麻寺は中将姫のお寺なので、中将姫が現世から極楽浄土に旅立つとなりますが、本来はすべての民衆が救われるというお話でもあります。(このあたりの解釈は少々異説諸説がたくさんあります)

ご存知のとおり中将姫は継母の仕打ちを悲しみ、この現世においても地獄のような苦しみであったのでしょう。
だからこの現世から抜け出し、地獄のある六道から別世界である「極楽浄土」への旅は、とても幸せに満ち溢れた旅なのでしょう。

香芝市の阿日寺
阿弥陀如来の「阿」と、大日如来の「日」をとって、阿日寺と言います。

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本堂内の安置された本尊阿弥陀如来と恵信僧都・源信像(特別撮影許可済)

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當麻寺練供養会式から
観音菩薩が蓮台を掲げて中将姫を救いに行くシーン。蓮台には誰も乗っていない。

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娑婆堂で中将姫を蓮台に乗せて、西方極楽浄土である本堂(極楽堂)に向かって進む。

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観音菩薩につづく二十五菩薩も西方からの光に包まれていました。

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*資料画像
當麻寺護念院では法要に先だって護念院の本堂で法話があり、二十五菩薩面を着けさせていだだくことも出来ます。
画像は菩薩面の前に安置されていた中将姫様と菩薩面を着ける参拝者

練り

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2017 桜を中心に春の風景

この春に撮影した桜中心の風景を集めてみました。
撮影日は順不同

五條の菜の花畑と和歌山線
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香芝・専称寺のしだれ桜
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橿原・藤原宮跡ちかくの菜の花と桜
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三輪山と菜の花
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石舞台古墳のライトアップ
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夕暮れの大極殿
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吉野山下千本
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榛原・悟真寺のしだれ桜
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室生・西光寺の城山桜(しだれ桜)
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宇陀・佛隆寺の先年桜
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高田・高田川の夜桜(大中公園)
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2017薬師寺花会式

2017年3月下旬撮影 薬師寺の花会式

薬師寺の花会式を正式には「薬師悔過法要」といい旧暦の二月に厳修されることで「修二会」でもあります。
修二会というと「東大寺二月堂のお水送り」が連想されますが、あちらは「十一面観音」に祈るので「十一面観音悔過法要」といい、こちら薬師寺は「薬師如来」に祈るので「薬師悔過法要」といい、どちらも国家の繁栄と五穀豊穣、万民豊楽などを祈る春の行事です。

東大寺同様、堂内の写真撮影は出来ないので点描となりますが、今年は初日に行われる「柴燈大護摩(火渡り式)」も拝見することができました。

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社参
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稚児行列
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奉納演奏
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結願法要・鬼追い式
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東大寺修二会2017

2017年3月撮影
東大寺修二会

東大寺の修二会は「旧暦の二月に修する法要」なのでこの名がついているようです。
正式には「十一面観音悔過法要」と言い、ご本尊の十一面観音菩薩に、懺悔することが本来の法要の意味です。
また「おたいまつ」や「お水取り」とも呼ばれていますが、どれも法要の一部分をとってそのように呼ばれているのでしょう。

本行と呼ばれる14日間の最初が「開白」です。
そしてそれはこの行事・法要の最初の中の一番最初という意味でお考えいただいても良いでしょうね。
まさに演劇で言うなら開演!出演者の緊張が高まります。

正式には練行衆と呼ばれる僧侶が整列して、その時をまっておられます。

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食堂内で和上から受戒を受け(僧侶や童子以外は入れません)、いよいよ二月堂に登ります。

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最近は良く知られてもいますが、お松明は14日間の毎日上げられます。
お松明はそもそも練行衆が二月堂に上がる際の道明かりとして照らされていたので、14日間の法要中は上るのですね。
出発地点である参籠宿所横から撮影してみました。

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階段には練行衆らが自らの上堂を待ちます。

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お松明は正面左側、屋根のある回廊を上がっていきます。
そして二月堂の舞台にその炎を見せるのです。ここが一般的に一番有名なシーンです。

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舞台に上がったお松明はそのまま火の粉を散らしながら、南側に走ります。
参拝者を埋め尽くす境内にも歓声と活気が溢れていました。

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さらに左右揃って火の粉を撒き散らすと、一斉のどよめきが二月堂を震わせます。

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このお松明を担いでおられるのは「童子」と呼ばれる皆さんで、これらの所作も世代交代をしながら受け継がれています。

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担ぎ方、廻し方など難しいのでしょうね。
このお松明を振るシーンは舞台に上がって間近で撮影させていただきました。

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以前は報道機関などが三脚を構えて長時間露光により光の道が出来た写真を良く見かけましたが、一般参観者は三脚禁止です。唯一認められているのが、二月堂の裏参道に近い第二拝観所と呼ばれる場所です。
ただし、ここからだと二月堂伽藍に大きな杉の木がお堂の正面に立ってしまうので、どうしても中央で切れてしまいます。

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いよいよクライマックスに近づく12日は「籠松明」といって、普段より少し大きめに作られるそうですが、松明の先端に薄い板がつけられているのが特徴です。

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そして12日の深夜、正確には13日の午前1時頃、二月堂前の井戸からご本尊にお供えする水を汲む行事があります。
この水を汲むという形から「お水取り」とも呼ばれる所以です。

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そして満行となる14日のお松明は早く法要を終わりたいという気持ちの表れとして、次から次へとお松明が上がり、10本のお松明が二月堂の舞台に並び、一気に火の粉を撒き散らす壮観な場面を目にすることが出来ます。

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最初に書きましたが、この法要はお松明がメインではなく、練行衆と呼ばれる僧侶が、本尊の十一面観音菩薩に懺悔し、国家泰平・万民快楽を願う大変ありがたい法要です。
お松明で歓声を上げるだけでなく、堂内で行われている法要にも耳を傾けていただくのも良いですよ。

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