スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

金峯山寺 蓮華会・蛙飛び行事

金峯山寺 蓮華会・蛙飛び行事
2017年7月7日撮影

修験道の開祖である役行者が産湯をつか使われたと伝えられる大和高田市奥田にある弁天池の清浄な蓮の華を、蔵王権現に供える法要で、7日は弁天池の蓮の華を蔵王堂に運んでご本尊に献じ、あわせて境内では「蛙飛び行事」が執り行われる。
蛙飛び行事とは、修験道を軽んじ鷲に断崖絶壁へとさらわれた男が、改心し後悔しているのを、通りががりの高僧が男を蛙の姿に変えて救いだし、一山僧侶の読経の功徳によってもとの姿に戻した、という伝説を行事にしたものである。(奈良県ビジターズビューローホームページから引用)

この行事は蓮華会と蛙飛びに分けて撮影することになる。
蛙飛び行事は吉野竹林院前を出発し、門前街を回りながら要所要所で掛け声をあげて御輿を振り回します。
また門前街は坂道も多く下りであっても御輿の重さも手伝って大変なようです。

D72_1375のコピー

D72_1394のコピー

D72_1428のコピー

蛙飛び行事は御輿が境内に上がってきて参列者が揃ってから本堂内で法要が行われますが、一般の撮影は出来ないようですね。
行事は蛙になった人間が法力によって人間に戻るという場面で中央にいる蛙が本堂前の舞台を行ったり来たり。
何回かはチャンスがありますが、撮影場所が自由に動けないので良く考えてまたないといけないですね。

D72_1585-700のコピー

と言うことで人間に戻れました。めでたしめでたし。

D72_1636のコピー
スポンサーサイト

奥田の蓮取り行事

奥田の蓮取り行事
2017年7月7日撮影

奥田の蓮取り行事は奈良県の無形民俗文化財にも指定される伝統行事
およそ600年前と言われるその歴史は室町時代まで遡ることができるそうです。
また、ここ奥田の地は役行者のお母さまので刀良売(とらめ)が住んでいたとされ、さまざまな伝承もあるそうです。

毎年7月7日に行われる吉野・金峯山寺で行われる蓮華会(蛙飛び)にて奉納される蓮を取られるのがこの弁天池(現:捨篠池)です。

午前10:00
捨篠池で法要が始まります。

D72_1096のコピー

捨篠池に船を浮かべて蓮を取られますが、今年は成長が良いのか船が中に入ってしまうと全く見えなくなりました。
唯一全体が見渡せる西側からのカット

D72_1117のコピー

その後、善教寺で出発式があり、行者堂に置かれていた蓮を役行者のお母さんである刀良売の墓を参拝されます。
写真は行者堂出発される場面

D72_1178のコピー

墓参拝の後、捨篠池横にある弁天神社で大護摩供が行われます。
特に宝剣が良かったなぁ

D72_1227のコピー

D72_1252のコピー

前述のとおり、午後からは捨篠池で取られた蓮を持って吉野山に向かわれます。
ここで大護摩供まで拝見していると、蛙御輿の出発には間に合いませんね。

室生小原の虫送り

室生小原の虫送り
2017年6月20日撮影

6月の中旬、大和の東部山間地で行われる「虫送り」。
奈良市内では針ヶ別所や小倉、天理市では山田の上・中・下地区、室生では下笠間や無山・染田とあり、今日は室生小原の虫送りを拝見させていただいた。
出発地となる極楽寺は以前焼失し立て替えられているが境内には樹齢200年とも言われる「極楽桜」があり春には大勢の花見客が来られるのだとか。

6時30分を目安として集落に向かって太鼓や鐘が打ち鳴らされます。

P1070286のコピー

7:00 境内で数珠繰りが行われます。
お寺自体は「融通念仏宗」のようですが、無住寺でもあり、あまり仏教色は無いものの、昔からのやり方を伝承されておられるようです。

P1070305のコピー

各自が用意した松明に火が着けられます。
乾いた竹をまとめて中心に杉の葉を入れた本格的な松明から、竹に油をしみ込ませた布を括りつけた松明まで長さや太さも含めて様々です。

P1070309のコピー

鐘と太鼓を先頭にあぜ道を照らしながら歩いて行きます。
ただ写真的には鹿よけのネットや生育した稲が大きく、松明の火が田んぼに移りこむような場所は見つけられませんでした。

P1070334のコピー

P1070343のコピー

最後は集落の外れに集まって松明が燃やされて終了です。
先に記したとおり無住寺の虫送りということもあるのか、他所で見かける「祈祷札」はありませんし、特に供養のための法要もありません。

P1070378のコピー





當麻寺練供養(聖衆来迎練供養会式)と恵信僧都(源信)

2017年5月14日撮影

今回のテーマは「地獄と極楽」について書き留めておこうと思います。
地獄の反対語は「極楽」・・・ではありません。地獄の反対語は「天上界」です。

なぜならば、仏教では、六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界)の六つの世界があり、人間界の一つ上が「天上界」であり。一番下が「地獄界」と言われています。
では、極楽はどこにあるのかと言うと、この六道とは「別の世界」にあり、極楽はどんな世界化と言うと「阿弥陀様がおられる世界」となります。(正確には西方極楽浄土=阿弥陀如来、東方浄瑠璃世界=薬師如来などもある)

源信は現香芝市の阿日寺に生まれ、比叡山で修行し、良く出来た僧として今で言うとエリートコースを歩みますが、母の諌めにより名声を捨てて比叡山の横川に身をおき、「往生要集」を執筆します。
現在、源信はあまり有名な僧侶ではありませんが、源信がいなければ今の浄土宗も、浄土真宗も、親鸞も法然も無かったと言っても過言ではない日本仏教の恩師だと思います。

往生要集とは、(かなり大雑把ですが)天から地獄がある六道世界から抜け出して、阿弥陀如来の世界、西方極楽浄土に行く方法が書いてある書物です。

これが當麻寺で行われる「當麻寺練供養(聖衆来迎練供養会式)」で、往生要集を視覚化したものと言われています。
ここ當麻寺は中将姫のお寺なので、中将姫が現世から極楽浄土に旅立つとなりますが、本来はすべての民衆が救われるというお話でもあります。(このあたりの解釈は少々異説諸説がたくさんあります)

ご存知のとおり中将姫は継母の仕打ちを悲しみ、この現世においても地獄のような苦しみであったのでしょう。
だからこの現世から抜け出し、地獄のある六道から別世界である「極楽浄土」への旅は、とても幸せに満ち溢れた旅なのでしょう。

香芝市の阿日寺
阿弥陀如来の「阿」と、大日如来の「日」をとって、阿日寺と言います。

P1010636のコピー

本堂内の安置された本尊阿弥陀如来と恵信僧都・源信像(特別撮影許可済)

P1090442のコピー

當麻寺練供養会式から
観音菩薩が蓮台を掲げて中将姫を救いに行くシーン。蓮台には誰も乗っていない。

P1090597のコピー

娑婆堂で中将姫を蓮台に乗せて、西方極楽浄土である本堂(極楽堂)に向かって進む。

P1090698のコピー

観音菩薩につづく二十五菩薩も西方からの光に包まれていました。

P1090755のコピー2

*資料画像
當麻寺護念院では法要に先だって護念院の本堂で法話があり、二十五菩薩面を着けさせていだだくことも出来ます。
画像は菩薩面の前に安置されていた中将姫様と菩薩面を着ける参拝者

練り

P1090469.jpg

2017 桜を中心に春の風景

この春に撮影した桜中心の風景を集めてみました。
撮影日は順不同

五條の菜の花畑と和歌山線
D72_7321のコピー

香芝・専称寺のしだれ桜
D72_7361のコピー

橿原・藤原宮跡ちかくの菜の花と桜
D72_7465のコピー

三輪山と菜の花
D72_7574のコピー

石舞台古墳のライトアップ
D72_7628のコピー

夕暮れの大極殿
D72_7681のコピー

吉野山下千本
D72_7722のコピー


榛原・悟真寺のしだれ桜
D72_7880のコピー

室生・西光寺の城山桜(しだれ桜)
D72_7943のコピー

宇陀・佛隆寺の先年桜
D72_8184のコピー

高田・高田川の夜桜(大中公園)
P1090199のコピー

| NEXT>>

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。