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五條市東阿田の御仮屋と宮うつし

2013年9月29日撮影

御仮屋(オカリヤ)とは、御神霊を遷し御鎮座いただくための建物で、ここ五條市東阿田地区では、八幡宮の秋季例祭の約一ヶ月前に当屋宅の庭に設置されます。

御仮屋は当日の午前中に建てられ、午後からは宮うつしという神事が執り行われます。

写真は宮司を先頭に当屋宅から八幡宮に向かう氏子ら

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宮司に続かれるのが今年の当屋さんで、手には神籬(ヒムロギ)と呼ばれる御神霊をお迎えするものを持っておられます。

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八幡宮での神事により、一度ご神体は神籬にお移りになり、当屋宅に建てられた御仮屋に向かわれます。

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当屋宅に戻り、神籬を御仮屋の上部に安置されました。

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宮司による神事が執り行われ、当屋や氏子らが同席し、無事に「宮うつし」は終了されました。

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その後、直会が氏子や参拝者らにお神酒が振舞われ、ご飯もいただきました。
このご飯は、もち米ではなく、普通の白米のようです。

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《撮影メモ》
オカリヤという御神霊をお迎えする建物は、県内ではあまり見かけませんが、五條市の阿田地区から下市町にかけては各集落で形は違いながらも同種の行事が残されています。
その中でも、下市町新住のオカリヤが出来ているとの情報で、拝見してきました。
昨年(平成24年)の3月に、奈良県重要無形文化財に認定されたオカリヤです。

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南無天踊り(明日香村伝承芸能保存会)

2013年9月28日撮影

「第44回奈良県芸術祭参加催し」の一つとして、明日香村伝承芸能保存会のみなさんにより、奈良県立万葉文化館前で南無天踊りが披露されました。

南無天(なもで)踊りは江戸時代には各地で盛んに踊られていた「雨乞い」を目的とした太鼓踊りとされ、奈良県内では、安堵町の飽波神社でも拝見することが出来ます。
明日香の南無天踊りは、「日本書紀」の飛鳥時代に皇極天皇が飛鳥川上流で雨乞いをされたという記述があり、それを起源として稲渕にある「飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社」に伝承されるもので、神社の絵馬や古老の記憶などにより復元された踊りです。

第一部 皇極天皇が天に雨を乞う

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第二部 旱(日照り)に苦しむ民が、野良着で雨を乞う

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第三部 神仏への願いが通じ、国原に大雨が降る

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第四部 大雨が降り、喜ぶ群衆のお礼の踊りが乱舞する。

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《撮影メモ》
この踊りは本文でもご紹介したとおり、明日香村伝承芸能保存会のみなさんが行われているもので、神社の祭典とは関係なく、定期的に行われているそうです。
同保存会ではこの他「八雲琴」「飛鳥蹴鞠」「万葉朗唱」の伝承に取り組まれているそうです。

大和神社 紅しで踊り奉納

2013年9月23日撮影

大和神社秋季大祭で奉納される「紅しで踊り」は、江戸時代に干ばつで苦しむ農民らが同神社に雨乞いをしたところ、願いが叶って豊作となり、その感謝の気持ちを踊りにして奉納したのが始まりとされています。
昭和43年に復活し、今では近隣の幼稚園児らも参加され、現在は天理市の無形民俗文化財に指定されています。
(注意)文献により、昭和30年に復活されたという説もあるようです。

お揃いの衣装を着て、中央には太鼓が2台。
みなさん輪になって、紅色しでを振り回して踊られます。

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こちらは、歌い手衆のみなさん

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園児のみなさんも頑張っていました。

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《撮影メモ》
大和神社は航海の安全を守る神社として遣唐使の時代から崇拝されてきた神社で、また戦艦大和ゆかりの神社としても知られていますが、神社のお守りと並んでこんな土鈴がありました。
ちょっとカワイイ戦艦大和ですね。

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古瀬の小宮祭り(大倉姫神社)のススキ提灯

2013年9月19日撮影

今日は中秋の名月で、県内各地で名月観賞のイベントが沢山ありましたね。
そんな中、御所市の古瀬地区で中秋の名月にススキ提灯が奉納されると聞いて行ってみました。

あたりが暗くなる午後6時30分頃、吉野口駅近くの小さな神社、大倉姫神社に周辺の6大字から提灯を持って集合されます。(今日は仕事帰りのコンデジ撮影となり、暗い場面が上手く撮影出来ていません)

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鳥居をくぐるのもやっとの小さな神社です。
大字によっては、外を回って入られる地区も。

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ススキ提灯は全部で6基でした。
地元の方に何台出るんですか?って伺ったら7基というお答えが多かったのですが、どこかが止めてしまわれたのかもですね。
ススキ提灯は、俗に言う「十二振」ではなくて、提灯が下に4個、上に2個、さらに先端に四角い提灯がついた形です。

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午後7時に宮司さんがご到着され、祭典が行われます。
どこかで拝見したお顔だと思ったら、高鴨神社の宮司さんでした。
写真手前に座られているのはご長老のみなさん。

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また、地元の方にどうして中秋の名月にススキ提灯を奉納されるのですかと伺ったところ「さあ、昔からそうしてたからなぁ。特に考えたこと無いわ」とのこと。
本来、この土地の氏神さんは巨勢山口神社で、10月には本祭があるのですが、そのときは提灯の奉納はないそうです。

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祭典の終了後には、直会が催されます。
私にもお神酒をお勧めいただきましたが、遠慮させていただきお菓子だけ頂戴いたしました。
氏子さんらのお帰りには、小袋に入れたお餅が配られていました。

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《撮影メモ》

「さあ、昔からそうしてたからなぁ。特に考えたこと無いわ」

本文からの引用ですが、こういった言葉ってなんか嬉しいです。
祝詞の言葉でも、特に豊作を願うでもなく、風雨が順調であることを願うでもなく、ただ地元のみんなが幸せに暮らせるようにと言った趣旨であったように聞こえました。
名月の日にあわせて、村のみなが集まり、小さいけれど大切に祀られた神社で、お酒を飲める幸せでしょうか。

西吉野 波宝神社 岳まつり

2013年9月8日撮影

白銀岳の波宝神社で行われる岳祭りを拝見しました。
午前中に本殿で神事が行われますが、本年は都合により午後からの見学です。
午後からは渡御りがあり、波宝神社から鉄杖やのぼりやほこ等を持った行列がお旅所へと向かいます。

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時を同じくして当屋地区(今年は赤松区)の方々の行列が出発し、途中の鳥居で合流されます。
写真の右側が神社からのグループで、左側が赤松区の方々。
当屋地区は4大字の持ち回りになっていて、湯川・赤松・百谷・平沼田だそうです。
互いに太鼓を打ち鳴らし「タン、タタ、タン、タタ、タンタタタン」と交互に響きあいます。

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合流した氏子らは揃ってお旅所に向かわれますが、赤松地区の方が前でした。

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御幣の先に飾られた鶴と日の丸の絵柄が今年の当屋地区の方で、各氏子さんの名前を入れ今年用に作られ、行事が終わると処分されるそうです。

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また、御幣に先に飾られた三つの日の丸の絵柄は神社の氏子である19区の方々で、この御幣は拝殿脇に奉納され毎年使われるそうです。

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御渡りが終わると、当屋渡しの儀が行われます。
と言っても、何かを渡すとかそういう所作は無く、宮司さんのお祓いを受け、直会が行われました。

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こちらは来年というか、この行事が終わったら当屋の役回りとなられる百谷の方。
ちなみにその向こう側の白い装束の方が今年の当屋さんです。

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《撮影メモ》
今年は天候が芳しくなく、雨模様だったので午後からの拝見となりました。
今回で2回目ですが、波宝神社というのはなかなかの社殿です。
本殿の前面には極彩色の波が描かれていて、さらには「夜中」という地名の元となった「月食の絵」が描かれていて、只者ではない神社に感じました。
お祭りがなくても、是非一度ご参拝されることをお勧めします。

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