丹生・丹生神社のヨコトビとスモウ

2017年10月21日撮影 丹生・丹生神社のヨコトビとスモウ

奈良市の東側の山間地には秋祭りに田楽と思われる所作をともなう祭典が多くみられます。
ここ丹生の丹生神社では「ヨコトビ」と称する三角跳びや「スモウ」(相撲)が奉納されます。
本年(2017)は秋雨前線と台風の影響もあり、小雨ではありましたが、集落の方々の参拝も多く、地域に根ざした祭典であるように感じました。

社務所での祝詞奏上が終わると、宮司ほか渡行人(トギョウニン)が舞殿にあがり、時計回りに三週されます。
途中から渡行人らが楽器を奏しはじめ、笛が「ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー、ピー」と五音を鳴らし、鼓・太鼓が「トン、トン、トントントン」と応じると、観客から「ヨーイトコリャッ」とかけ声がかかっていました。

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宮司からの「ヨコトビ神事をはじめます」という合図ののち、渡行人のうちから、ササラ・鼓・太鼓の三名によりヨコトビが行われます。ヨコトビはまず楽器を舞殿中央に置き、扇を最初は小さく、だんだんと大きく振りながら周りを三周します。

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そして楽器を中心に時計周りに三周、ピョンピョンピョンと跳んで元の位置に戻り、最後に左右に反復横跳びをして終了です。

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扇で風を起こす所作の途中には、まわりの渡行人らが邪魔をするのですが、楽器が倒れたり動いたりすると、最初からやり直しとなり、それら一連が境内を大きく沸かせていました。

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スモウの神事においては他の地区では取り組むポーズだけでの所作が多い中、こちらでは途中までは真剣勝負です。
途中までという表現の意味は、笛二と笛三が、笛一による行司のもとでスモウをとるのですが、カならず笛三が負けることに決まっているということです。よって負けるには負けますが、そう簡単に負けてやらないということでしょうか。ここでも境内を大きく沸かせていました。

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興ヶ原・天満神社の翁舞

2017年10月14日撮影 興ヶ原・天満神社の翁舞

今回撮影させていただいた興ヶ原を含む東山中には秋祭りに翁舞や田楽を奉納されている地域がある。
興ヶ原の翁舞は邑地の翁舞とともに奈良市月ヶ瀬桃香野の相知喜惣治氏から伝授されたといわれている。相知氏は金春流の中山万治郎氏から翁舞を伝授されたという。(『奈良県の民俗芸能―奈良県民俗芸能緊急調査報告書―』平成二十六年発行より)

翁舞は天満神社の秋祭りに奉納されますが、その奉納に先だって、白い衣笠に隠されて本殿から御輿にご神体が遷しされます。

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拝殿で祝詞奏上や玉串奉奠が終わるといよいよ翁舞です。
翁舞は「式三番翁舞」ですが、、翁(白式尉)のみが登場する「ひとり翁」と簡略化されているようでした。

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柳生の宮座行事 八坂神社

2017年10月9日撮影

柳生八坂神社の秋の例祭は、「柳生の宮座行事」として昭和61年3月に県指定の重要無形文化財となった古い形式を今に残す祭りです。宮座というのは、「地域の鎮守もしくは氏神である神社の祭祀に携わる村落内の特権的な組織及びそれを構成する資格者の集団」のことだそうです。

行事は頭屋さん宅から始まり、家の中で祝詞を奏上し、庭で十二人衆らが、笛や太鼓を鳴らしながらぐるぐると回ります。十二人衆は名前のとおり12人が基本ですが、今年は10人でした。

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今年の頭屋宅から八坂神社までは、およそ1キロメートル。
のどかな風景の中オワタリが行われます。

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八坂神社に到着後、本殿での神事があり、その神事の間に、「スモウ」「ササラ」「ヨーガ」の三つの舞が奉納されます。

まずは「スモウ」。スモウは他の地域もそうであるように、勝敗はありません。
お互い向き合って、ななめに腕をあげ、そしてそのまま取り組みます。

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「ササラ」は短い竹のへらのようなものを沢山つけたもので、振ることで音がなる仕掛けです。
「ササラ」というと富山県での「コキリコ」を連想しますが、似て異なるけど、ルーツには近いものがありそうです。
演者はこの「ササラ」を斜めにして振ってみたり、腕にひっかけて引いてみるなどしながら、音を出されています。

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最後は「ヨーガの舞」。
「ヨーガの舞」とは「影向の舞」であるとされていて、これも中世芸能のひとつだと考えられています。
また、能面は着けておられませんが、その所作は「萬歳楽」と似ているようにも思いました。

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最後は柳生・八坂神社の宮司さん。袴を新しくしたのでちゃんと撮ってやということで一枚。
また近々にお届けさせていただきます。

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大保 八坂神社の氏神祭(横跳び)

2017年10月9日撮影

今日は昨日に引き続いて、大保 八坂神社の氏神祭で行われる「横跳び」を拝見。
まずは献撰を本殿に運び上げるのですが、全員一列で手渡しで送られます。
口元を見るとなにやら口にくわえていますが、これは椿の葉です。
口にくわえる事で、話をしない、息が神聖な供物にかからないとされ多くの神社行事でも見られる所作です。

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ご無理を申し上げて真正面から撮影させていただきました。

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祭りに参加する「オワタリ衆」の衣装は浅黄色の「素襖(すおう)」ですが、背中に御幣を刺し、帽子には紫の小さな御幣を刺しておられます。他の地区ではあまり見ない小物ですね。

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一般的な祝詞奏上などが終わると老主が大きな御幣を抱えて、一度鳥居をくぐり外に出て、「モリガミヨビ」が行われます。

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この「モリガミヨビ」は大保に伝わる二十一の神で、山の中にあるとされています。
明治 30 年の記録によると、「ジャングワジゾのモリ」「立竿のモリ」「たばのモリ」の 3 つのモリが確認できるが、その他は不明となっていて、神を祀ると伝わる方角に向かって、オワタリ衆らがモリガミそれぞれに対応する二十一の詞章を唱えるとされているそうです。(以前はオワタリをしながら三ヶ所で行われていたと記録されている文書もありますが、最近は同じ場所から呼ぶ向きだけを変えて行われていました)

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いよいよ「横跳び」です。
三角跳びは拝殿内で行われていましたが、横跳びは境内で行われます。
オワタリ衆の中の最年少2名がその役をうけたまわり、向かい合って3回左に横跳びします。
そして、今度は二人が背を向けて3回、最後にまた向かい合って3回跳びます。

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昨日の三角跳びやこの横跳びも田楽の一部であろうと考えられています。神社の家紋が「下がり藤」であり春日大社における祭礼や芸能の影響を受けながら展開してきたのでしょうか。

阪原 長尾神社のジンパイ(神拝)

2017年10月8日撮影 
奈良市阪原の長尾神社のジンパイ(神拝)

東山中の一部でもある阪原は近鉄奈良駅から柳生の里に向かう途中にある集落です。
その阪原の長尾神社では秋祭りにジンパイ(神拝)と呼ばれる田楽のような所作が面白いですね。
神社を後にして、御輿は旧社地とも推測される南明寺の境内までオワタリをされます。

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そしてジンパイ(神拝)をされるのですが、これがまた特色があって、両手を広げ、バタフライのごとく前にぐるっと腕を回します。

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腕を前に回してぐっとチカラを溜め込んだら、これを反対に後ろ側から前に、まるで背伸びをするような仕草でいっきに伸び上がるのです。

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奈良の東山中における田楽系の所作はたくさんありますが、この所作をされるのはこちらだけのように思います。
手に持っている楽器類は同じような感じなのですが、地域によって伝承が少しずつ変化しているのでしょうか。

またこちらではスモウの奉納もあるのですが、両手でお尻を叩きながら後ろ向きに進むとか、これもかなり特色がありますね。

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ひととおりの奉納が終わると、元の長尾神社に戻り、境内の拝殿(または能舞台)で同じ所作が行われます。

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今回はメインテーマではなかったので写真は割愛しましたが、お御輿も出て、子どもさんらも参加するなかなかにぎわっていました。また、お祭りの最後には参拝者におでんやオニギリが振舞われており、少し冷えた身体に美味しくいただきました。

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