2017薬師寺花会式

2017年3月下旬撮影 薬師寺の花会式

薬師寺の花会式を正式には「薬師悔過法要」といい旧暦の二月に厳修されることで「修二会」でもあります。
修二会というと「東大寺二月堂のお水送り」が連想されますが、あちらは「十一面観音」に祈るので「十一面観音悔過法要」といい、こちら薬師寺は「薬師如来」に祈るので「薬師悔過法要」といい、どちらも国家の繁栄と五穀豊穣、万民豊楽などを祈る春の行事です。

東大寺同様、堂内の写真撮影は出来ないので点描となりますが、今年は初日に行われる「柴燈大護摩(火渡り式)」も拝見することができました。

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社参
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稚児行列
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奉納演奏
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結願法要・鬼追い式
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東大寺修二会2017

2017年3月撮影
東大寺修二会

東大寺の修二会は「旧暦の二月に修する法要」なのでこの名がついているようです。
正式には「十一面観音悔過法要」と言い、ご本尊の十一面観音菩薩に、懺悔することが本来の法要の意味です。
また「おたいまつ」や「お水取り」とも呼ばれていますが、どれも法要の一部分をとってそのように呼ばれているのでしょう。

本行と呼ばれる14日間の最初が「開白」です。
そしてそれはこの行事・法要の最初の中の一番最初という意味でお考えいただいても良いでしょうね。
まさに演劇で言うなら開演!出演者の緊張が高まります。

正式には練行衆と呼ばれる僧侶が整列して、その時をまっておられます。

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食堂内で和上から受戒を受け(僧侶や童子以外は入れません)、いよいよ二月堂に登ります。

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最近は良く知られてもいますが、お松明は14日間の毎日上げられます。
お松明はそもそも練行衆が二月堂に上がる際の道明かりとして照らされていたので、14日間の法要中は上るのですね。
出発地点である参籠宿所横から撮影してみました。

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階段には練行衆らが自らの上堂を待ちます。

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お松明は正面左側、屋根のある回廊を上がっていきます。
そして二月堂の舞台にその炎を見せるのです。ここが一般的に一番有名なシーンです。

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舞台に上がったお松明はそのまま火の粉を散らしながら、南側に走ります。
参拝者を埋め尽くす境内にも歓声と活気が溢れていました。

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さらに左右揃って火の粉を撒き散らすと、一斉のどよめきが二月堂を震わせます。

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このお松明を担いでおられるのは「童子」と呼ばれる皆さんで、これらの所作も世代交代をしながら受け継がれています。

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担ぎ方、廻し方など難しいのでしょうね。
このお松明を振るシーンは舞台に上がって間近で撮影させていただきました。

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以前は報道機関などが三脚を構えて長時間露光により光の道が出来た写真を良く見かけましたが、一般参観者は三脚禁止です。唯一認められているのが、二月堂の裏参道に近い第二拝観所と呼ばれる場所です。
ただし、ここからだと二月堂伽藍に大きな杉の木がお堂の正面に立ってしまうので、どうしても中央で切れてしまいます。

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いよいよクライマックスに近づく12日は「籠松明」といって、普段より少し大きめに作られるそうですが、松明の先端に薄い板がつけられているのが特徴です。

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そして12日の深夜、正確には13日の午前1時頃、二月堂前の井戸からご本尊にお供えする水を汲む行事があります。
この水を汲むという形から「お水取り」とも呼ばれる所以です。

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そして満行となる14日のお松明は早く法要を終わりたいという気持ちの表れとして、次から次へとお松明が上がり、10本のお松明が二月堂の舞台に並び、一気に火の粉を撒き散らす壮観な場面を目にすることが出来ます。

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最初に書きましたが、この法要はお松明がメインではなく、練行衆と呼ばれる僧侶が、本尊の十一面観音菩薩に懺悔し、国家泰平・万民快楽を願う大変ありがたい法要です。
お松明で歓声を上げるだけでなく、堂内で行われている法要にも耳を傾けていただくのも良いですよ。

薬師寺 花会式(修二会)

2016年3月31日撮影

修二会というと東大寺二月堂のお松明を思われる方も多いと耳にします。
しかしながら、修二会は「二月に行われる、修される法要」で、ここ薬師寺でも行われます。

東大寺二月堂の修二会を本尊の十一面観音に祈るため「十一面観音悔過法要」といいますが、こちら薬師寺は本尊が薬師如来なので「薬師悔過」といわれます。

堂内での撮影は出来ないため、外で行われる行事だけ撮影させていただきましたが、今年は撮影場所が良くなかったなぁと反省。

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薬師寺花会式の造花造り

2016年3月16日撮影

奈良・薬師寺の修二会、俗に言う「花会式」は堀河天皇の皇后が病気になられたので、薬師寺に平穏快癒を祈願されたところ、たちまちのうちに回復され、それを喜んだ天皇・皇后は、宮中の采女たちに十種の造花を作らせて献花したのが始まりとされています。

いつの時代かに、その造花造りが民間で行われるようになり、現在では奈良市の増田家と橋本家の両家によって作られています。
今まで薬師寺の花会式というと最終日の結願時に外で行われる「鬼追い」だけの撮影でしたが、知人のお誘いで橋本家での造花造りを拝見・撮影させていただくことが出来ました。

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右手で造花を作られるのが橋本さん。左手で見ておられるのが増田さん。

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造花とは思えない完成度ですね。

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右手でお話をされているのは、橋本さんのおじいちゃん。左手は増田さんところのお嬢さん。
おじんちゃんは孫とお話されているような嬉しい表情が素敵でした。

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両家揃っての記念写真。
来年は増田さんのおうちにも行ってみたい。今回は造花がほぼ完成だったので、制作中の作業なども撮影できればいいなぁ。

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田原(日笠)の今井堂 御田植祭・祭文・おかげ踊り

2016年3月12日撮影

奈良市の東部、東山中と呼ばれる地域には伝統行事が本当にたくさん残されています。
この今井堂で行われる祭文・おかげ踊りは、田原地区伝統芸能保存会で伝承され、時には海外公演まで行かれると言うから民俗的にはかなり特異な要素があるのだろう。

また、この行事は同地区の天満神社と隔年で実施されていますが、人口の減少などの影響があるのかも知れませんね。
昨年、2015年に天満神社で行われた様子はこちら

行事はまず御田植祭から始まります。
内容的には他地区の様子と大きく変わることがありませんが、少し厳かな感じがします。

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続いて行われるのが「田原の祭文」というもの
田原の祭文、または祭文語りと言われ、もともと神道の祝詞から出たものですが、正式な祝詞とは違って独特の節を付けて読みあげられます。
右手には錫杖を持ち、左手でほら貝を吹きながら「デロレンデロレン」と囃子を入れて歌われ、その後の浪花節や江州音頭となっていく系譜の元となっているそうです。(奈良の民俗芸能 海路書院より)

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拝殿内での神事が終了すると境内で御田植祭の続きとして、牛さんの出番です。
ここの牛さんの面は新しいもので、張りぼてですが、この張りぼての牛さんがまた可愛い。

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最後には「おかげ踊り」が披露されます。
この踊りも田原地区伝統芸能保存会によって大切に引き継がれています。
踊り子さんがシデを振りながら踊る様子もなかなか面白いですよ。

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