當麻寺練供養 練習会

2018年5月某日 當麻寺練供養 練習会
基本非公開のため、某日を表記させていただきました。
今日は當麻寺練供養の練習日。昨年度までは来迎橋を渡る観音菩薩役と勢至菩薩役だけの練習会でしたが、今年は菩薩講の中で初めて参加される菩薩役の方への面の装着体験も兼ねて行われました。
当日の5月14日は例年大変暑く、初めて面を着けられる方が体調を崩される方もおられるので本番前に一度体験してもらってはどうかという住職のお計らいで実施されました。
この練習会は2日ほど行われますが掲載写真は、その2日間にわたっております。

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久米寺練供養

2018年5月3日 久米寺練供養

練供養会式は當麻寺が有名ですが、奈良県では橿原市の久米寺でも行われます。
練供養会式の基本は阿弥陀如来が衆生をお救いされる場面を演劇的に見せることであり、當麻寺は中将姫が救われますが、こちらは中将姫は登場しません。
また當麻寺は本堂から出発した菩薩らが本堂と対面する娑婆堂まで行き、中将姫を救われて極楽浄土に見立てた本堂に送られますが、こちらの久米寺は本堂と対面する護国道場からの片道だけです。

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當麻寺練供養(聖衆来迎練供養会式)と恵信僧都(源信)

2017年5月14日撮影

今回のテーマは「地獄と極楽」について書き留めておこうと思います。
地獄の反対語は「極楽」・・・ではありません。地獄の反対語は「天上界」です。

なぜならば、仏教では、六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界)の六つの世界があり、人間界の一つ上が「天上界」であり。一番下が「地獄界」と言われています。
では、極楽はどこにあるのかと言うと、この六道とは「別の世界」にあり、極楽はどんな世界化と言うと「阿弥陀様がおられる世界」となります。(正確には西方極楽浄土=阿弥陀如来、東方浄瑠璃世界=薬師如来などもある)

源信は現香芝市の阿日寺に生まれ、比叡山で修行し、良く出来た僧として今で言うとエリートコースを歩みますが、母の諌めにより名声を捨てて比叡山の横川に身をおき、「往生要集」を執筆します。
現在、源信はあまり有名な僧侶ではありませんが、源信がいなければ今の浄土宗も、浄土真宗も、親鸞も法然も無かったと言っても過言ではない日本仏教の恩師だと思います。

往生要集とは、(かなり大雑把ですが)天から地獄がある六道世界から抜け出して、阿弥陀如来の世界、西方極楽浄土に行く方法が書いてある書物です。

これが當麻寺で行われる「當麻寺練供養(聖衆来迎練供養会式)」で、往生要集を視覚化したものと言われています。
ここ當麻寺は中将姫のお寺なので、中将姫が現世から極楽浄土に旅立つとなりますが、本来はすべての民衆が救われるというお話でもあります。(このあたりの解釈は少々異説諸説がたくさんあります)

ご存知のとおり中将姫は継母の仕打ちを悲しみ、この現世においても地獄のような苦しみであったのでしょう。
だからこの現世から抜け出し、地獄のある六道から別世界である「極楽浄土」への旅は、とても幸せに満ち溢れた旅なのでしょう。

香芝市の阿日寺
阿弥陀如来の「阿」と、大日如来の「日」をとって、阿日寺と言います。

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本堂内の安置された本尊阿弥陀如来と恵信僧都・源信像(特別撮影許可済)

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當麻寺練供養会式から
観音菩薩が蓮台を掲げて中将姫を救いに行くシーン。蓮台には誰も乗っていない。

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娑婆堂で中将姫を蓮台に乗せて、西方極楽浄土である本堂(極楽堂)に向かって進む。

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観音菩薩につづく二十五菩薩も西方からの光に包まれていました。

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*資料画像
當麻寺護念院では法要に先だって護念院の本堂で法話があり、二十五菩薩面を着けさせていだだくことも出来ます。
画像は菩薩面の前に安置されていた中将姫様と菩薩面を着ける参拝者

練り

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三宅町石見の農神さん(野神さん)

2015年5月5日撮影

農神さん(野神さん)
祭の前日に氏神にて十五歳の男子が中心となって藁・杉葉で三メートルに及ぶ蛇を作る。
翌朝早くに蛇を「野神の塚」へ運び、小豆餅、神酒、山海の幸を供えて古老の祈祷をうける。
豊作を祈願し、供え物を食べる楽しい仲間入りの行事である。
(三宅町教育委員会)・・・野神塚前の案内版から全文引用

大和の5月から6月にかけて行われる民俗行事として知られる「ノガミさん」
米藁や麦藁、草木で作られた蛇(ジャ)と呼ばれるものを集落を回りながら塚まで運び奉納(安置)すると言う行事です。

県内では御所の野口神社で行われる「汁かけ祭」や、田原本の鍵・今里で行われるものが良く知られていますが、三宅町にもその行事が伝承されていました。
ただし、少子化の影響により、前述した案内版のように子供は参加されておらず、地区役員さんらだけでが行われていました。

ここの蛇は体長3メートルくらいで、中心の木に杉の葉を巻き付け、頭部の口にあたる部分に赤い布を付けてあります。

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塚は新興住宅の一角にあり、現在は旧村と新興の間にあるように見えますが、昔は村のはずれだったのでしょうね。

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村の役員さん曰く、「昨年・今年はちょうど具合の良い子供が居なかったが、子供が居たらちゃんと元通りにやりたい」「だから子供が居なくても、続けているんや」との事。
いつの日か、子供が居てこの行事が引き継がれることが出来るといいですね。

久米寺 二十五菩薩練供養

2015年5月3日撮影

春の農繁期前の祭典。通称、『久米レンゾ』(久米会式)と呼ばれる会式が、近在の老若男女を多数集めて開かれます。(奈良盆地の農村地域では、春の一日を農休みの日と決め、村で楽しむ風習があり、これを「レンゾ」と呼んでいました。)
久米会式が近づくと本堂から護国道場まで約100mの掛け橋が架けられます。これは、現世(娑婆)と浄土をつなぐ来迎橋を示し、この橋を二十五菩薩が渡っていきます。これは、西方極楽から阿弥陀仏が二十五菩薩を従えて迎えにくることを示しています。
当日は、大般若経の典読があり、檀信徒・仙人講・詠歌隊・僧侶、住職、稚児行列が行われ、続いて薬師如来像を先頭に二十五菩薩が介添え人に導かれて長い橋を練り渡り、金堂に赴きます。「橿原市のホームページより引用」

僧侶が放つ散華を求める参詣者ら

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来迎橋を渡る二十五菩薩で先頭は観世音菩薩

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許可を得て本堂から撮影させていただきました。

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参加された稚児さんらが加持を受けられます。

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最後は来迎橋から御供撒き(餅まき)が行われました。

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おまけ写真です。赤い傘がとても印象的でした。

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