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吐山 下部神社の春祭り(御渡り・田植え祭・御田子)

2012年4月29日

奈良市東部の山間の吐山にある下部(おりべ)神社と恵比寿神社で春祭りが開催されました。
この春祭りは大変珍しいというか、不思議というか・・・
一つの祭りにいろんな要素が入っています。
タイトルにあるように、御渡りがあると思えば、御田植祭もあり、はたまた的打ちもあって、盆と正月が一緒になった
ようなお祭りです。

祭典は下部神社の御渡りから始まります。
なかなか本格的な行列で、①竹を持った「警護」②金の棒を持った「金棒」③大きな旗を持った「神号」④「祓戸」
⑤「御幣」⑥子供5人の「神子(かんこ)」⑦「宮司」⑧「槍」⑨「薙刀」⑩大人5人の「式士」⑪鎧を着た「具足」
⑫的板持ち⑬御田子⑭赤い服の子供「的打ち」⑮御渡りを清水で清める役の「修祓」⑯矢拾い⑰竹を持って最後を
務める「警護」の総勢35名の大行列です。

まずは、下部神社の境内でお祓いを受けます。

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御渡りは下部神社を右手に出て、恵比寿神社を通過、小学校の先を左折、国道に出て吐山の交差点も過ぎて左折、
神社境内横に流れる小川脇を通って、下部神社でUターン。
吐山の交差点を過ぎたところで、恵比寿神社に向かって右折、恵比寿神社から下部神社に戻るというコースです。

神子も神輿を担いで御渡りに参加します。
どこの村や町でも少子化でなかなか子供が居なくて存続が難しいと聞いていますがここはまだまだ大丈夫かな。

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御渡り全体の写真は国道やカードレールがあって、どうかな~って感じですが、小川脇はのどかな雰囲気があります。

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下部神社の戻ると、いよいよ田植え祭です。
牛役は居ないし、田起こしもありません。
が、小さな子供さんが苗(杉)を田に見立てた場所に投げ込むと、鍬やマンガを持った式士が田を耕したり
田んぼをならしたりと順序も関係なく一気に行われます。この作法を3回繰り返して無事に田植え祭は終了。
その後、恵比寿神社でも同様の作法が行われました。

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2ヶ所の田植え祭が終わると、的打ちです。
私の知る限りでは他の地区の的打ちは正月の行事であって、御田植祭とはちょっと意味合いが違うような気もしますが、
長い年月の中で合理化されたのかも知れませんね。

的打ちは3ヶ所で、それぞれ3回づつ矢が放たれます。
本物の?矢で、先には鉄製の矢じりが付いていました。子供だから子供用、じゃないところがいいですよね。

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最後は御供撒きです。それもかなり大量のお餅が撒かれました。
私もちょっぴり福を戴こうと、撮影しながら飛んできたお餅を2個いただきました。
おいしくいただくことにいたします。

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笠山三宝荒神 四月大祭~御渡り

2012年4月28日撮影

いよいよゴールデンウィーク。
各地でお祭りもたくさん行われるようです。
今日は笠山三宝荒神(以下、笠山荒神)の4月大祭に行ってみました。
この神社の大祭は年に3回あって、1月、4月、9月のいずれも28日と定められているようです。
そしてその大祭の日だけ、竹林寺から笠山荒神まで御渡りがあります。

午前10時30分頃、笠山荒神から神主さんと役員の方2名が竹林寺に向かわれます。

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画像はありませんが竹林寺に到着後、神事が執り行われますが、途中で屋内の電灯が消されて、
神主さんが「おー、おー」と唸りながらご神体(10cm位の箱)を、白布に包んで、神輿に移されました。

神事が終了したら出発です。
役員を先頭に、神輿、楽隊、その他の役員さんが連なって、笠山荒神に向かいました。

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参拝のしおりによれば、竹林寺は俗に笠寺とも言われていた寺で、空海が中国の竹林寺での修行ののち、
この寺に寄った時、東大寺の良辨僧正の書いた板面荒神を見て、寺の名前を竹林寺と名付けたとあります。
また、ご本尊の薬師如来は長谷寺の十一面観音を作った時の供木とされています。

笠山荒神での神事では巫女さんの浦安の舞の奉納がありました。

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大和路の桜 仏隆寺 覚恩寺 談山神社

4月21日撮影

いつも当ブログにご訪問いただきありがとうございます。
今日はメインテーマの祭事がなかった?ので、大和路の桜を探しに行ってみました。
まぁ、写真の出来は良くありませんが、21日現在の花の様子のレポートと思って見てください。

大和路の桜も終盤です。
平野部では八重咲きの桜はこれからというところもありますが、ソメイヨシノやヤマザクラを求めて少し遠出をしました。
ただし、バイクツーリングのついでと言う事もあり、コンデジ(PANA DMC-LX3)です。

まずは、宇陀市の仏隆寺です。
有名な又兵衛桜は終了したと聞いていたので、まっすぐここに来ました。
でも、ここも沢山のカメラマンさんや花見客が多くて、なかなかいいタイミングでシャッターが切れません。
特に今日は雲が多くて、光線は少ないし花びらが空と同化して良くありませんでした。

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最初の予定では、このあと曽爾村の屏風岩公苑とも考えていましたが、まだ早いだろうと思って、
吉野方面にすすんで左手にある覚恩寺に寄ってみました。
ここは、国指定重要文化財の十三重石塔で有名なお寺ですが、しだれ桜が満開でした。
でも、しだれ桜のいい角度の後ろ側に、クレーン車が停めてあってちょっと残念。
仕方がないので、裏の杉林に咲く桜を撮ってみました。

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桜井市の談山神社にも寄ってみました。
生憎、境内は拝観時間終了で入れませんでしたが、参道脇の桜も、境内の桜も、見たところ満開です。
途中の自動車道も満開でしたので、予定されておられるならここ2~3日で見ごろが過ぎそうですから、
お早めにお出かけください。
写真は参道付近です。山吹?かな?綺麗な黄色の花を付けていましたが、咲いていたのはここだけで、他のところは
まだまだ蕾が沢山付いていましたから、これからが楽しみです。

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飛鳥の細川です。田植シーズンには多くのカメラマンさんが訪れる有名ポイントですが、昨年、あまりのマナーの
悪さに所有者が怒って、「無断で田畑の入らないで」という看板が出来ましたね。
ですので、今回は田畑には入らないで、道路わきから撮影しています。
もう午後6時前になっていましたので、彩度が低くて申し訳ありませんが、こんな感じということで。

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葛木倭文坐天羽雷命神社の御田植祭

4月15日撮影

葛城市の葛木倭文坐天羽雷命(かつらきしとりにいますあめのはいかづちのみこと)神社で御田植祭がありました。
この神社は二上山の頂上にある「二上神社」と、「加守神社」が同時に祀られている神社で、二上山の登山口でもあります。
ここの御田植祭の特徴は、御田植の所作の途中で子牛が誕生することです。
川西町の六縣神社では御田植の途中で妊婦さんが出産をするという「子出来オンダ」というのがありますが、
ここは牛の出産で、他の神社でも聞いたことはありません。

一般的な献撰や祝詞奏上が終わると、拝殿につづく長い石段を氏子総代や白装束を着た小学生が牛役に扮して
境内へ下ってきます。

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神事の御田植では青年らがスキで畦を作り、クワで整えていきます。

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その後、唐鍬を牛に引かせて田起こしが行われます。

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他の御田植祭では見かけないのが田植の所作です。
通常は総代さんや巫女さんがたうえをしますが、ここでは小さいお子さんが一生懸命植えてくれます。

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そうこうしている内に、先ほどの牛さんが辛そうに横たわっています。
総代さんが近づいてお腹をさすってあげると、元気な子牛が誕生しました。
*役員さんが牛さんの正面に来てしまって、決定的なシーンを逃してしまいました。

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その後、親子の牛が田んぼや観客席を暴れまわり、御田植祭を結界していた竹も壊して行事は無事終了です。

《撮影メモ》
この行事日程は非常に難しいです。今回、二上神社に前もって聞いたところ14日(土)だと聞いておりました。
しかし14日に行くと、「天候が良くないので明日になったよ」とのことでした。
ほんと直近でないと確定しないようです。
小学生が牛役をしたり、牛の出産シーンがあるわりには、カメラマンさんも少なくて撮りやすかったですね。
次回は出産シーンに照準をあわせて、位置取りを考えなくてはいけません。

今回、写友さんから「拝殿での祝詞のシーンの撮影はあまり感心しないなぁ」とご指導いただきました。
また「そんな写真を撮っても公開できないし、そもそも神さんに対しても失礼でしょ」とも教えて頂きました。
ご指摘はまったくそのとおりで、そんなことも判らないでお祭りや神事の撮影をしていたなんて恥ずかしい思いでした。
ブログに書くような話ではありませんが、その写友さんは「私に対してだから教えていただいた」のだと感じ
あえて、この場所を借りて御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

おまけ画像は、神事終了後に拝殿におかれていた親子の牛さんです。

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九品寺と桜井・井寺池の桜

4月14日撮影

ブログタイトルに大きく「奈良の風景・・・」と書いたわりに風景写真が少ないので、桜などを撮ってきました。
まずは、葛城古道の九品寺での撮影
山門脇の桜です。かなり散りましたが、それが花びらの絨毯になっていました。

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つづいて九品寺の北側へ移動
桜と菜の花がキレイでした。

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大移動して、三輪山の麓、檜原神社の近くにある井寺池
まぁ定番中の定番ですが、菜の花+三輪山です。

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《撮影メモ》
予定していた神社の行事が順延になってしまい、それじゃあと言うことで九品寺に行ってみました。
ただ、三脚がないのでちょっとブレ気味。
風景写真にはやっぱり三脚必要でした。
桜のほうは昨日の雨で少し散り気味でしたが、いい感じでした。
午後3時頃なので、半逆光となりました。できれば午前中に行きたいですね。

また、井寺池も同様で、午前中に行かないと東向きにレンズを向けるので、午後からだと自分の影が菜の花に
写ってしまいます。



新薬師寺 修二会(おたいまつ)

4月8日撮影

奈良市の新薬師寺で修二会が行われました。
新薬師寺は、「新しい薬師寺?」なんて思っておられる方もいらっしゃるとお聞きしましたが、
本来は「霊験新たかな薬師如来さまを祀ったお寺」という意味で、西ノ京の薬師寺とは全く無関係だそうです。

修二会というと、東大寺二月堂のお水取りが有名ですが、こちらも奈良時代から続く伝統行事で、
東大寺が「観音菩薩」であるに対して、新薬師寺は「薬師如来」です。
ご本尊に自らの罪を懺悔する「悔過(けか)法要」という意味では同じです。

また、東大寺二月堂お水取り同様に、練行衆と呼ばれる僧侶11名分のお松明があります。
ただし、東大寺二月堂のように高い舞台はないので、本堂をぐるっと回るということ。
それと、4月8日の一日のみ厳修されています。

本堂に向かって左側から練行衆が松明の明かりに誘導されます。

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お松明は、本堂の前で大きく振り回され、火の粉があたりを焦がします。
東大寺二月堂では舞台の遠いところですが、新薬師寺は1メートルくらいまで炎が近づくこともあり、大迫力です。

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後につづく練行衆が本堂の前で一礼されました。

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その後、練行衆とお松明は右側に回り込み、練行衆は本堂に入堂され、悔過法要が厳修されました。

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《撮影メモ》
さすがに観光客やカメラマンで境内はいっぱいです。
なので、一度場所を決めてしまうと、動けないので如何に同じ場所からバリエーションを引き出せるかが写真の
出来に反映されそうです。
お松明の火の粉も、良く広がる時もあれば、そうでない時もあり、なかなかタイミング良くいきませんね。
「三脚は禁止です」というのは耳にしませんでした。
最前列の方は、低めにセットされている方もあったようです。

おまけは、三脚は使用していませんが持参した椅子にカメラを置いてバルブで長秒撮影してみました。
レンズ焦点距離はAPS-cで18mm(35mm換算で約28mm)
ISO 100にして、f値1:18に絞って、お松明の登場からファインダーから消えるまで、約50秒の露出ですが、
ちょっとオーバー目になったので、RAW現像時に少し、アンダーに振っています。

ただ、18mmではカメラの目の前まで炎が来てしまうため、イメージしていたよりも炎が大きすぎて
良く判らない写真になってしまいました。
最前列で撮影するなら、もっと広角が欲しいところでした。

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石園坐多久虫玉神社 御田祭

4月8日撮影

御田植祭というと山村の集落や田園地区というイメージがありますが、商業の町で知られる大和高田市でも行われます。
その神社名は石園座多久虫玉神社(いわぞのにいますたくむしたまじんじゃ)で、地元では龍王宮として崇拝される神社です。
神社の創建は古く、第三代安寧天皇の時代の都である片塩浮穴宮跡の伝承地に鎮座していたともいいますし、
崇神天皇の時代には勅祭が行われたと伝えられているそうです。

御田植の祭典は午前11時から拝殿の中で執り行われ、祝詞奏上や献撰などほぼ他の神社と同様に行われます。

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その後、境内で御田祭が行われます。
まずは、役員さんがカマで草刈をし、つづいてスキで畦を作り、クワで田を起こします。

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そして牛役の登場です。
途中で「モ~、モー」ユーモアたっぷりな演技で、役員さんからも喝采をいただきます。

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最後は役員さんの全員で田植です。
松葉を苗に見立てて植えられるのですが、田んぼが狭いのであっという間に終わってしまいました。

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《撮影メモ》
ここの御田植祭もあまり有名でないのか、カメラマンは私ともう一人だけ。
それと地元の方と思しきビデオを撮影されていた方だけでした。
また、祭典の終わりに良くある、御供まきがないからか、地元の参拝者もありませんでした。
撮影の方は、そんなことでゆっくり好きな場所から撮影出来ますが、逆光での良いお天気で顔が暗くなってしまうので
内蔵ストロボを使用しています。(ちょっとオーバー気味となりました)

おまけ画像は、御田祭終了後に参拝者に配られた松苗。藁でしっかりと整えられています。DSC_6142.jpg

薬師寺花会式結願 鬼追い式

4月5日撮影

薬師寺花会式の最終日、結願法要の最後に鬼追い式が厳修された。
金堂での法要が終わり練行衆が舞台に出てくると、待ち構えたように中門に5匹の鬼が現れた。
まず最初に咒師作法が行われ、小刻みに移動しながら、時にはクルクルと回りながら舞台を清める。

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咒師作法が終わるな否や、5匹の鬼が舞台に駆け上がり気勢をあげる。

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それぞれの鬼は手松明を持って舞台を走る!吊り下げられた籠松明を揺らし大量の火の粉を観衆に浴びせる!
そして、舞台の柵によじ登って、観衆を威嚇する。

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鬼によっては舞台上では飽きたらず、舞台下に降りてきて観衆を驚かせた。

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そして毘沙門天が登場して、鬼を退治して鬼追い式は終了した。

《撮影メモ》
今年は非常に風も強くて、4月とは思えない寒さでした。
その上、鬼追い式の始まる直前になってから激しい雨になりびしょ濡れでの撮影となった。
夜間の行事ではいつものことであるが、ピントが合わない。露出もばらばらと上手く行かない。
今年のデータをきっちり確保して来年につなげないといけないと痛感した。
また、昨年末からだったか東塔の修理となり、バックに五重塔を入れるとなると、西塔だけになるので
おのずと東側からの撮影に限られてしまう。
一度、そこに入ると身動きが取れないので、もう少し自由に動ける場所が無いものかと研究が必要だ。

鬼追い式の終了後、参拝者に「お松明」が授与された。
かなりの本数が用意されているのか、「必ずお渡しできますから押さないでください」とのご案内がありました。

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鴨都波神社の御田植祭

4月1日撮影

高取の船倉弁天神社の御田植祭のあと、午後から御所の鴨都波神社の御田植祭が行われます。
鴨都波神社というと夏と秋に行われる献灯が有名ですが、春は「春祭」の中で御田植祭があります。

午後1時頃、祭りの参加者が頭屋さんのご自宅に参集され、祈願が行われます。

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その後、自宅前で獅子舞や太鼓の奉納があり、伊勢音頭を唄いながら町を練り歩き、神社を目指します。

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神社に到着後、いよいよ御田植祭が行われます。
最初は茶色の法被を着た青年が牛を連れて会場をまわり、その後、おかめが牛引き役でひょっとこがスキを持って
後から付いてゆくのですが、なかなかの演技者で、あっちへ行ったり、転がってみたりと、なかなか進みません。

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次に巫女さんが、早乙女に早変わりし、苗に見立てた松葉を丁寧に植えていきます。

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《撮影メモ》
今年は桜の開花が遅かったが、桜が咲く時期なら頭屋さんから神社の間、桜並木のある川沿いを歩くので
いい感じで撮れそうに思います。また、時間的にもちょうど順光になりそうですし・・・
さらに、町を練り歩くシーンも歴史を感じる民家や商家も多いので、そういった背景でも絵になりそうです。
今回のアップ分は御田植祭を中心に掲載しましたが、獅子舞や太鼓なども被写体として面白そうです。
今年は天理・石上神宮のちゃんちゃん祭りと重なったためか、カメラマンさんも少なかったですね。
しかし、もっと沢山おられても境内も広いし、田んぼに見立てた場所も大きいので位置取りには苦労は少ないと思います。
お祭りの最後は御供撒きもありました。ここのお餅は地面に落ちても衛生的なように、1個づつビニール袋に入れられていました。
おまけは、参拝者に授与される「苗守」です。

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船倉弁天神社の御田植祭

4月1日撮影

近鉄吉野線の葛駅から3.6Kmの山中に近隣17ヶ村の郷社として信仰された船倉弁天神社があります。
今日はその弁天神社で御田植祭が行われると聞き、場所も上手く確認できないまま、行ってきました。

途中で道を聞きながらでしたが、結局、車では行けない山の上だと言うことで、原付バイクで近くまで行き
あとは徒歩でと思っていましたが、それでもかなり急峻な山道を登ること約1Km
途中、道に迷ったかと思われる頃、何もない場所に突然の真っ赤な鳥居が立っていました。

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山の斜面の少しゆるい場所に建てられていた弁天神社の前で神官の祝詞奏上があり、地元の方がお参りされます。
本当に地元の方だけのお祭りだと聞いていましたが、さすがにこんな山中まで見学に来る方は少数でした。

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境内が広くないので、下の第二拝殿?のような建物の脇にある、たたみ一枚くらいの田んぼで御田植神事が
行われます。行事の手順は他の御田植とほぼ一緒で、牛役さんが3回ほどまわって田を起こします。
お面が新しそうだったので聞いてみると、一昨年に大淀町の、とある会の方からご奉納いただいたとか。
また、写真ではあまりわかりませんが、オス牛とわかるように、おチ〇チ〇がついているのだとか・・・

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そのあと、地元の方と子供さんによる田植の所作があります。
ここの苗は杉の葉ですね。それにしても、サイズも不揃いで豪快な葉っぱです。

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《撮影メモ》
本文でも触れましたが、日曜日でしたがカメラマンさんは少ない!私を含めて3人。
それとハイカーらしき5名グループさんが一組くらいでしょうか。
撮影自体は木陰になるので、少し暗いですが、まぁ少しISOを上げて対応できます。

いずれにせよ、失礼ながらこんな山の中で、古くからの行事が脈々と続けられていることに驚きです。
それも年配者だけでなく、青年や子供さんも参加していることにも深く感激しました。

また、神社から戻ると「直会」だと思われる「里芋入りの豚汁とお寿司」が振る舞われていて、
ご準備されていた奥様方から、「たくさんあるから食べて行ってちょうだい」と声をかけていただき
ありがたく頂戴しました。おいしかったですよ~。

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