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葛木御歳神社 夏越大祓式

2012年7月29日撮影

御所市にある葛木御歳神社で夏越大祓式が執り行われました。
県内の夏越の祓いは6月30日が一番多くて、東大寺の解除会が30日、そしてここ葛木御歳神社の29日が最後かと思います。

ここの夏越大祓式は他の神社と少し違っていて、「茅の輪くぐり」がありません。
その代り、色んな場面で興味深い所作があります。

「どん、どん、どん」と太鼓の「音」で、神事が始まります。
そして、普通なら拝殿から本殿に向かって始めるはずの祝詞奏上が、ななめに向いて奏上されました。
これは参拝者の宣(の)る形で、神前ではないとのことでした。

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次に、絹の布と木綿の布を八つに切り裂き、その「音」で参拝者を清められました。
その布のことを正式には、和妙(にぎたえ・絹)と荒妙(あらたえ・木綿)と言われ、真横に一気に切り裂かれます。

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また、鈴の「音」で、参拝者をさらに清められます。

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太鼓から始まり、「音」「音」「音」が清めの中心になっていて、非常に珍しい作法でした。

その後、境内では竹を3メートル四方に立てて結界された中で、紙の人形がお焚き上げされました。

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《撮影メモ》
今年も沢山の「夏越の祓い」を拝見しましたが、茅の輪がないのはここだけであったことも含めて、貴重な体験でした。
また宮司さんには、色々と教えていただき誠にありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。

行事の情報!
宮司さんから、新嘗祭の情報をいただきました。
日時は11月23日で、今回は韓国の民俗舞踊の奉納を計画しているとの事でした。
お時間のある方は、一度ご参拝をおすすめします。静かなとってもいい神社です。


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お峯のでんそそ祭

2012年7月28日撮影

橿原市の畝火山口神社で「お峯のでんそそ祭」という行事があると聞き拝見してきました。
最初、行事の名前を伺った時、「でんそそ」って何?という疑問がでて、橿原市のホームページなどで
調べてみると、昔、お峯(山頂)で打ち鳴らす太鼓の音が「でんそそ」と聞こえたという意味でした。

また、農家では、「お峯のでんそその太鼓の音が聞こえたら田に入ったらいかん」と言って、
この日までに田の仕事を終えてしまうよう努めていた時代もあったとも書いてありました。

この行事は午前と夕方から夜に分かれていて、午前10時からは奉納行事が行われます。
住職ら4名が社務所から出てきて、拝殿の右側の末社で神事が行われます。

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つづいて、清めの儀式です。

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そして、奉納行事として歌(演歌)が奉納されました。

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これで午前の部は終了ということで、太鼓の打ち鳴らしや巫女さんの舞は夕方6時からと聞き、
一旦、境内を離れようと思った矢先、拝殿の方から太鼓の音が・・・
早速戻ってみると、かなり歴史のありそうな大きな太鼓を地元の長老さんが叩いておられました。
なんでも、「わしらの小さい頃、昔は夜通し太鼓を叩いていた」ということでした。
今は、太鼓の練習とのことで夕方戻ってくることにして一旦離れることにしました。

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夕方6時に戻ってみると、境内に太鼓の音が鳴り響いていました。
巫女さんんも準備が済んだようで、お参りの方が来るたびに鈴を鳴らしながら右に左にと回りながら
最後は、参拝者のお祓いをされます。

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お昼にお話しを聞かせていただいた長老が太鼓を叩かれていました。
かなり大きい太鼓なので、長時間は疲れそうです。5~6名の方が持ちまわって叩かれておられました。

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6時から始まって、9時まで延々と太鼓が打ち鳴らされ、参拝者の度に巫女さんが舞います。
単調ながら、とっても大変そうでした。

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《撮影メモ》
お祭り自体は、これと言った珍しい所作があるわけでもありませんが、この神社が畝傍山の山頂にあるころから
ずーっと続けられていると聞きました。
春にはオンダ祭も行われていて、伝統が受け継がれているんだなぁとちょっと嬉しくなりました。
あと、この行事と並行して地元のカラオケ大会や盆踊りもあって、大いに賑わっていました。
また、役員さんに声をかけてもらって、夕食をごちそうになりました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。

おまけ画像は、今日、長時間にわたって舞を踊ってくれた巫女さん。
参拝者が途切れた合間に、撮らせていただきましたが、お二人とも表情がいいですね。(今回は大きめ画像で)

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葛城市 脇田神社の夏祭り

2012年7月24日撮影

夏祭りに奉納される十二振提灯といえば、御所の鴨都波神社が有名ですが、葛城市から五條にかけた葛城山麓の多くの
神社で十二振提灯の奉納があります。
そこで今回は葛城市脇田にある脇田神社十二振提灯奉納を拝見してきました。

この脇田神社の祭典には、同市の笛吹神社(葛木坐火雷神社)の宮司さんに来ていただいているそうです。

夕闇が迫る午後7時前、垣内の役員さん達が会所の倉庫前で、十二振提灯を組み上げていきます。
「十二振」というのは、ぶら下げる提灯の数が上の段から、2個+4個+6個=12個で構成されているところに
その名の由来があります。

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組あがった十二振提灯にロウソクの火を入れると、いよいよ出発です。
威勢のいい伊勢音頭が、カセットから聞こえてきます?
(なんと、生歌ではなく、カセットでした。ちょっと意外でしたが・・・)

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狭い集落の中では、電線などにあたらないように低くして運ばれていきます。

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神社までの道のりの要所要所では、提灯が立てられ、例のカセットが止められて、生歌で伊勢音頭が唄われました。
(よかった、このままかと思いました)

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20分ほどかけて、町内を練り歩いて神社に到着。
神社の前には多くの地元のみなさんが待っておられました。

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十二振提灯が拝殿に飾られ、宮司のお祓いを戴き五穀豊穣や厄除けがご祈祷されました。

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《撮影メモ》
この脇田神社では、十二振提灯が1本出るだけです。
また、提灯を振り回すなど、派手なパフォーマンスもありません。

しかし、先祖代々受け継がれてきたこの夏祭り(奉納行事)が、今も行われていたことに感激しました。
また、夜店・屋台など一軒も出ていないのに。お子さんの参加が多かったことも、驚きました。
最後には、色々教えていただいた村の方から「来年も来~や!」と言ってお下がりまでいただきました。
ありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。

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龍田神社 風鎮祭 千燈明

2012年7月21日撮影

龍田神社の風鎮祭が行われると聞いて、あれ?風鎮祭って、手筒花火が有名で、
そのお祭りは、7月1日に終わったと思っているのでは・・・?
と思ったら大間違い。そのお祭りは「龍田神社」ではなくて、「龍田大社」です。
ちょっと、紛らわしいのですが、全く違う神社ですね。

千燈明に先立って、拝殿では風鎮祭が執り行われます。
龍田神社の主祭神である天御柱大神と国御柱大神の二柱の神様は、風雨を鎮める風の神様であり、
水難、疫病を防ぎ五穀豊穣を司る神様だそうです。
特別な作法はありませんが、美しい巫女さん?がおられました。(写真は後ろ姿で)

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夕闇が迫る午後6時半頃から、本殿前に作られた千燈明に明かりが灯され、氏子の
皆さんが祈願と名前の書いたお札を、燈明の前にかけてお参りされます。

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お孫さんを連れたおばあちゃんが多かったですね。お孫さんの健康や成長をお祈りされているのでしょうね。

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燈明を見ていると心が静かになりますね。

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《撮影メモ》
千燈明の会場は広くなく、参拝者が重なるのでタイミングが難しい。
また、お子さんが小さすぎると燈明とのバランスが上手くいかなかったです。
でも、きれいなお祭りです。来年も再チャレンジかな。

おまけ画像は、祭典の始まる前の境内。
沢山のお店が出ていましたが、テキヤさん系ではなく、地元の青年団とかが頑張っておられました。

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法華寺 蓮華会式

2012年7月17日撮影

平城宮跡のすぐ東側に法華寺という尼寺があります。

(法華寺HPより)
法華寺は、聖武天皇御願の日本総国分寺である東大寺に対して、光明皇后御願に成る日本総国分尼寺として創められた法華滅罪之寺であります。寺地は平城宮の東北に位し、藤原不比等公の邸宅だったのを皇后が先帝のおんために改めて伽藍となし給うたもので、以来星霜1200年余り、慈しみ深かった皇后の精神を伝え、道心堅固に守られてきた女人道場「法華寺御所」であります。

その法華寺で蓮華会式が行われましたので拝見しました。
当日は日程が優先のため、火曜日となったので開催ぎりぎりの到着となりました。

19時頃、尼僧が本坊よりお出ましになり、境内を鈴の音とともに練り歩かれます。

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本堂前に差し掛かり、あらかじめ作られている茅の輪の結界を除き、さらにお祓いをしたのち、尼僧らが
茅の輪をくぐります。(一般の参拝者さんは、尼僧のあとに続いて茅の輪をくぐられます)

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尼僧が本堂で厳修されているころ、ようやくあたりが暗くなって、灯明や灯籠が美しくなってきます。
この写真は、本堂前の板の間に奉納された灯明。

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また、まだ明るさの残る空と参道にも灯籠が美しく飾られていました。

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最後に写真は、定番中の定番です。法華寺の南門は普段は開けられておらず、このカットは門の内側から
真正面の作例です。

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《撮影メモ》
今回は平日でもあり、業務終了後に出かけましたので、開始ぎりぎりでしたが、もう少し早く行くと
お接待があるようですね。




鴨都波神社 ススキ提灯

2012年7月16日撮影

南は奈良県の新庄町から五條市にかけての多くの神社で、夏と秋のお祭りに「十二振提灯」と呼ばれるものが奉納されます。
中でも有名なものが鴨都波神社・ススキ提灯献灯行事で、奈良県の指定無形民俗文化財にも登録されています。

(鴨都波神社HPより)
地元では「鴨の宮」で知られ、旧御所町及び近隣の五つの地区(東松本、竹田、南十三、蛇穴、元町)の氏神と
して崇敬されている鴨都波神社で行われている献灯行事。夏祭り(7月16日)と秋祭り宵宮(10月体育の日の
前々日の土曜日)に、五穀豊穣・家内安全・無病息災を祈願し、氏子地域から「ススキ提灯」と呼ばれる30基余
りの提灯が奉納される。
「ススキ提灯」とは、2間半(4.5m)ほどの竹製の支柱に横木を4本通し先端から紐で連結し、高張提灯を上
から、2・4・4の合計10張を三段に組みたてて、先端部に御弊を施したものである。県内においては、稲積み
の形をススキまたはスズキと称するところは多いが、当社行事では「稲穂そのものの形」がススキ提灯の形と
伝えられている。

夕闇がせまる午後7時頃、近隣の町内から30基を超える十二振提灯が公園に集合し、若衆の伊勢音頭をきっかけに
神社までを練り歩きます。

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境内までの道のりは30分少々だと思いますが、近くの川沿いから商店街を抜けて境内に入ります。
境内ではあらかじめ決められた順序で各町内の若者が、提灯を振り回したり、片手で持ち上げたり、中には頭に乗せる強者も!

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最後は鴨の宮若衆のパフォーマンス。
さすがは、若衆に任命されただけあって、その勢いはスゴイの一言。
ブンブン、振り回す!投げる!などなど、拍手喝采を浴びていました。

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最後は本殿前で巫女さんに鈴でお祓いをしていただき、お祭りは無事終了となりました。

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なお、鴨都波神社では最初の案内のとおり、秋祭りでも同様の十二振提灯が奉納されます。
無形文化財にご興味がなくても、写真撮影しなくても十分お楽しみいただけますし、夜店もいっぱいでますよ。
ぜひ一度、ご覧ください。おすすめです。

《撮影メモ》
境内でのパフォーマンスは、すべてマニュアルで
ISO 3200 ss 1/15 f 4.5 前後で撮影しました。
明るいレンズがあるといいですね。
三脚は禁止です。
今回は、パフォーマンスの背景に、出番待ちの十二振提灯を入れたかったので、境内の西側からの撮影でしたが、
どうしても、単調になりがちです。
30団体程ご出演になりますので、5団体ごとにあちこちから狙うともう少しバリエーションが出来たかもですが、
なかなか思うように移動できないかも知れませんね。

おまけ画像は、地元の小学生の巫女さん
カワイイ笑顔で撮影に応じてくれました。

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御杖神社 祇園祭

2012年7月15日撮影

一般的に祇園祭といえば、京都の八坂神社のお祭りだと思われるでしょう。
そして、良くご存じの方であれば、祇園祭は「疫病除け」であり、どちらかと言えば都会の祭事であるとおもわれるでしょう。
そんな祇園祭ですが、御杖村の御杖神社で祇園祭が行われるとうかがって、早速拝見しに行かせていただきました。

午後7時過ぎという情報で到着が6時半頃
役員さん(当屋さん達)が、ご祈祷の受付やお神酒の接待を始められていて、境内に作られた茅の輪をくぐって
お参りされる方が少しずつ増えていきます。
*左手にある釜は、湯立てに使うお湯を沸かされていました。

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午後7時半頃、あたりも暗くなって来た頃、拝殿祭が執り行われます。
正面に並ぶ若者が、当屋さん達。
通常、当屋さんというとどこの町や村でも、一人または一軒というのが多いですが、ここは4人おられて
グループで当屋をされているとの事でした。

建築年を伺わなかったのですが、まだ新しそうな感じで、とても立派な拝殿です。
また、写真撮影はいたしておりませんが、献撰の量は半端ないくらい豪勢でした。
村民の崇敬を感じた一瞬です。

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拝殿祭が終わると、境内で「湯立の神事」が執り行われます。
ここの湯立神事は神様に対する清めや、神域の清めという事ではなく、参拝者を直接?清めて頂く作法です。
受付でご祈祷の申し込みをされた方がマイクで呼ばれ、呼ばれた方に向かって、宮司が熱い熱い熱湯を
笹の葉を使って、思い切りかけます!
他の神社で同様の所作を拝見したことがありますが、豪快さでは右に出る湯立を見たことがありません。

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私も湯立の神事を撮影させていたこうと、前に出ますが、これが熱い!
やけどをする程ではありませんが、ちょっとびっくりしました。
また、水滴が大きい、近いとか笹の葉というのもその理由かも知れませんが、いすれにせよ大粒の大雨状態です。
*白く光って見えるつぶつぶ(オーブ)が、湯立の水滴です。

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熱いお湯を浴びる、湯立の神事ですが、子供たちは楽しそうでしたが、頭から服もびしょ濡れでした。

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《撮影メモ》
一部の情報では7月14日の開催となっていたようですが、23年度から海の日の前日の日曜日になっているそうです。
来年行かれる方はご注意ください。
知りませんでしたが、拝殿横に湯立の神事について、ご紹介が書いてあり、それによれば古くは「盟神探湯」と呼ばれた
由緒正しい神事だそうです。
また、茅の輪くぐりは本来6月30日に行われる「大祓」で、大宝律令に定められた年中行事だそうです。

天理 桃尾の滝開き

2012年7月15日撮影

天理の市街地から東に入った所に「桃尾の滝」という場所があります。
近府県からも滝に打たれる水行にも来られるという由緒正しき滝だそうで
今日、その滝開きが行われました。

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滝開きって、お寺の行事?神社の行事?どうなのかと思いながら式典が始まると
行者さんが滝に向かって、ほら貝を吹き鳴らしました。

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その後、石上神宮から出仕された神職が、修祓~祝詞奏上と一般的なお祀りが行われ、
滝の前で、清めの紙ふぶきが撒かれました。

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祭典の終了時にはまた行者さんが、ほら貝を吹いておられます。

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《撮影メモ》
この行事は天理市観光協会が主催されているようで、寺の行事でも、神社の行事でも
ないのでしょうね。
祭典終了後には石上神宮の護摩木の無料配布が行われ、多くの参詣者がペンを走らせておられました。
また、瞬間に冷たくなる熱中症予防のアイスノンのようなもののプレゼントや、
川の水で冷やしたスイカが配られ、私もおいしくいただきました。
伝統行事っていう感じではありませんでしたが、滝のまわりはやはり涼しくて
しばしの間、気持ちのいい時間が過ごせました。

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上北山村 西原の虫送り

2012年7月7日撮影

奈良県内における「虫送り」は一般的に奈良市の東山中や天理市から室生にかけての山間部で行われる行事ですが、上北山村でも虫送りが行われているという情報で是非拝見したいと思い行ってみました。

場所は上北山村の西原で、上北山村の中では比較的吉野に近い集落です。
具体的には大台ケ原に通じる三叉路をそのまま熊野方面のトンネルを抜けてすぐの集落です。
また、虫送りは水田のイメージがありますが、かつてはこの付近にも水田があったということで、今は、その石垣が残されているだけでした。また上北山村の「かみブログ」の情報では、この虫送りは240年の歴史があるということだそうです。

午後の7時から始まるという情報で向かいましたが、ちょっと遅れ気味で現地に到着。
地元の若者に「虫送り」の場所まで遠いでしょうか?とお尋ねすると、そうやね~20から30分くらいかなぁ・・・
とのことで、良かったらこの車でみんな行くけど乗っていきますか?とのお言葉に甘えて、軽トラの荷台にしがみつくように、乗せて頂きました(ちょっと、楽しかった)

7時になり、まず白瀧山宝泉寺のご住職の読経があり、役員さんらも一緒にお参りをされました。
写真のカットではわかりませんが、遥か前方が山になっていて、何か山に向かってお祈りしているようなイメージです。

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法要が終わり、その法要の火を元にして、いよいよ松明に火が移されます。
松明はその昔は各家で作ったということですが、今は材料探しも難しくなって役員が参加者全員分を作っているそうです。

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先頭は白い紙に何かしら文字の書いてあるものをぶら下げた笹を持つ人、その後ろは鉦です。
ほら貝を吹いていたのは、小学生の高学年らしき男の子でした。
その後ろには、西原の住民らが一列に並んで歩きます。5,60人はおられたでしょうか?

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鐘とほら貝に合わせて「おーくった、おーくった、む~し~ おーくった!」と声を上げながら、山間を抜けて集落に降りて行きます。

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途中には七夕の笹飾りを持った女の子がいましたが、聞くところによれば虫送りと七夕も兼ねているとのことで、良く判らないまま、取り敢えずそういうものなのかと思いました。
また、意外と子供さんが多くいたので、聞いてみると西原の子供は少ないけれど、その友達が近隣の集落から遊びに来ているのだとか。また、大人の方も普段は仕事で外に出ているがこのお祭りだけお帰りになるそうです。

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行列の終点は集落脇を流れる北山川の河原で、松明や七夕の笹がここで炊き上げられました。

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《撮影メモ》
行列の最初の方は、まだ空も明るいので良いですが、あっという間に暗闇になりました。
ISO感度も6400まで上げて対応しますが、なかなかピントも合わないし、シャッタースピードも長めになってしまいました。ブレブレ、ピンボケの連発です。
でも山間を松明の長い行列がすごく印象的でした。

金峯山寺 蓮華会(れんげえ)・蛙飛び行事

2012年7月7日撮影

午前中にあった大和高田市・奥田の蓮取り行事に引き続いて、吉野山・金峯山寺の蓮華会に行ってきました。
蓮華会、別名を「蛙飛び」と言いますが、こちらの方が浸透しているのかも知れません。

詳しい説明は他の方の情報を見て頂くとして、簡単な法要の内容として、金峯山寺のHPを転載しておきます。

蓮華会は、金峯山寺の三大行事の一つで、七月七日は役行者が産湯をつかったと伝えられる大和高田市奥田にある弁天池の清浄な蓮の花を蔵王権現に供える法会です。
蛙飛び行事は、大青蛙を乗せた太鼓台が蔵王堂へ練り込み、法要の後、蛙飛びの作法が行われ、最後に導師の授戒によってめでたく人間の姿に戻ります。

また、時間スケジュールは以下のとおりです。
10時 大和高田奥田蓮池にて蓮取り行事。正午より大護摩供
12時 六田初花権現にて大護摩供
12時半 竹林院前、蛙太鼓台出発
15時 行列、下千本出発
16時 蔵王堂にて蓮華会・蛙飛び法要
17時 蔵王堂境内にて採灯大護摩供

奥田の蓮取りを拝見した後、竹林院前にむかい、12時頃に到着すると地元の若中が支度を始めていました。

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新緑の美しい吉野山を背景に、太鼓台は下千本を目指します。

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途中、蔵王堂まで来た時、突然の大雨!
もう、バケツをひっくり返したような豪雨になりましたが、太鼓台を担ぐ若中らは、それをもろともせずに、大きく太鼓台を振り回します。

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下千本(ロープウェイ乗場前)に奥田からの蓮が届き、行者さんが丁寧に運ばれます。

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お供えの蓮が準備できたら、いよいよ金峯山寺・蔵王堂にむけて太鼓台を先頭に行列です?の、予定でしたが、太鼓台が早めに出発したので、行者さんや講の皆さんは少し遅れて蔵王堂に向かわれました。
太鼓台の勇壮な場面もいいですが、こういったシーンも好きです。
行列は非常に長いので、数カット続きます。

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蔵王堂に蓮が届けられると、いよいよメインイベントの蛙飛びです。
画像点数の都合で多くを掲載していませんが、蛙は階段脇に居られる僧侶の右側で功徳をいただき、さらに左側の僧侶にも功徳をいただき、その間、蛙は中央の廊下のような橋を行ったり来たりされます。そして最後に中央の僧侶に功徳をいただかれました。

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そして、17時から採灯大護摩供が執り行われ、法要は終了です。

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《撮影メモ》
午前中の奥田の蓮取りから始まって、長時間にわたる法要となり、移動も結構あるので大変です。
今回は、12時半の竹林院からの出発から拝見したいと考え、奥田の蓮取りは行列や護摩焚きを拝見しないで吉野山に移動しましたが、奥田の行事は最後までみても13時には終わるそうなので、来年は奥田を最後まで拝見して、下千本の3時に間に合うように移動しようと思います。
雨天の撮影はドラマチックで良かった面もありますが、太鼓台にビニールがかかってしまったのが残念でした。
来年は良いお天気でありますように。

奥田の蓮取り行事

2012年7月7日撮影

今日は金峯山寺の蛙飛びがある日ですが、その法要に欠かせないのがここ大和高田の蓮です。
「奥田の蓮取り行事」として、県指定無形民俗文化にも指定されています。

(大和高田市HPより)
市内奥田で、1300年を超える歴史をもつ「蓮取り行事」がおこなわれます。
室町時代から連綿とおこなわれてきた吉野山金峯山寺(きんぷせんじ)における「蓮華会(れんげえ)」の一連の行事であるとともに、役行者の母・刀良売にまつわる「ひとつ目蛙」の伝承に深い関わりをもつ行事で、奈良県の無形民俗文化財に指定されています。
この日、捨篠池(すてしのいけ)では、蓮取り舟に乗って、古式にのっとりおごそかに蓮切りがおこなわれます。その後、善教寺に集まった修験者たちが、勇ましい法螺貝(ほらがい)の音とともに、福田寺・行者堂から、役行者の母・刀良売(とらめ)の墓に蓮花を献じて供養し、続いて、捨篠池に隣接する弁天神社で、護摩法要が営まれます。

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《撮影メモ》
奥田の蓮取り行事をインターネットで検索したり資料などを拝見して、もっと沢山の蓮が咲いていると思い込んで
いましたが、花の数はちょっと残念、、、ではなく、かなり残念な数です。
花付が悪いのではなく、株自体がないので池のほんの一部に咲いているだけの状態でした。
アップした画像は、その中でもちょっとは見られるかな?といった場所に陣取って撮影したものです。

奥田の蓮取り終了後は、山伏の行列や護摩があるのですが、金峯山寺の蛙飛びの撮影の為早々に引き揚げました。

西福寺・善城寺の虫供養

2012年7月1日撮影

一般的に虫供養とか虫送りと言うと、奈良市の東山中や天理市~室生方面の山間部で行われる行事であり、
水田の脇道を松明を灯して虫を追い払う風習と同時に、災いを避けるといった感じだと思っていました。

しかしながら、いつも参考にしているホームページで「西福寺・善城寺の虫供養」なる行事を見つけて
調べてみると、以外にも奈良市内で行われているとのことで、ご住職と地元役員さんにご了解を得て
撮影させていただきました。

場所は奈良市の奈良阪・奈良豆比古神社の南隣の西福寺です。
虫供養を取り仕切るのは、奉行と呼ばれる役員さんで、60歳だということです。
58歳で見習いとなり、59歳で式司(しきし)、60歳になって奉行になるとのことで、この上下関係は絶対的な
ものだそうです。

夕闇が迫る18:30頃地元の奉賛会の皆さんが集まって来られて、本堂でお念仏が唱えられました。

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読経されるご住職の前には、後の行列で使用する御幣を付けた、竹と笹がありました。
この笹は、周辺の虫をここに集めるためにあると聞きました。

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お念仏の後、般若心経が唱え終わるといよいよ出発です。
この順序にも決まりがあり、提灯、鐘、拍子木、3本の竹、3本の笹が続きます。

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お寺を後にした一行は、「虫、送りま~す」「虫、送りま~す」と、鐘と拍子木に合わせて叫びながら
今はもう、住宅街になってしまった路地を練り歩きます。

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あちこちでUターンしながら、練り歩きの一行は奈良豆比古神社の境内に戻り、竹と笹を燃やすのですが、
3本の竹が、ポン!と3回鳴らないといけないそうで、じっと火を見つめておられました。
そのうち、ポン、ポン、と音がするので、一行が火の担当に聞きますが、もっと大きな音じゃないと
ダメだということで待っていると、バーン、バーン、バーンを先ほどとは全く別次元の、大きな音が鳴りました。

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一行はそれを待ちかねたように、再度、行列を組んで「虫、送りましたー!」「虫、送りましたー!」と
大きな声を張り上げながら、お寺に戻って行きます。

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《撮影メモ》
今回はストロボを一切使用しなかったので、ISO3200まで感度をあげて対応しています。
少し、画像の乱れや色ノイズが出ていますが、これも臨場感のひとつと思っておりますが、どうでしょうか。

この行事に参加する役員さんは全員、酒屋の前掛けをされていました。
昔からということで、明確な理由はわかりませんでした。
また、先頭の方が持つ提灯には「奈良坂町」という文字が書いてあり、現在の住所では「奈良阪」と
なるのですが、この「坂」と「阪」の違いもはっきりしません。
ただ、はっきりしたのは、田畑がなくなり、農家もいなくなってしまったこんな市街地ながら、昔からの民俗行事が
今も生きていたことに、感激しました。

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龍田大社 風鎮大祭

2012年7月1日撮影

龍田大社の風鎮大祭は大変大きなお祀りで、午前中は祝詞の奏上。午後には風神太鼓や、氏子による「河内音頭」の奉納などが行われますが、何と言ってもクライマックスの手筒の「風神花火」が有名ですね。
写真自体は多くのカメラマン同様の見慣れたカットしかお届け出来ませんが、今回は他の行事に行っていたため境内への到着も遅くなり、あまり良い場所では撮れませんでした。

個人的備忘録として、画像をアップしますので、どうぞよろしく。

1点目は少し引き気味で撮影。
花火は本殿に向かって奉納されます。
よって、顔の表情を追われる方は、拝殿側から撮影しなければなりません。(混んでました)

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今度は縦位置で、ヒップから上の全身と花火の上がり具合を撮影しました。

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もう少しアップで狙ってみます。

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《撮影メモ》
この程度で良ければ、7時過ぎに境内着でも撮影出来ました。
ただ、この位置だと花火奉賛者が真横に並んでしまうこともあり、火柱が重なりすぎて良くありません。
時間を追うごとに、ブログにアップすることを前提条件に拝殿から離れるように2メートル程、移動しました。

手筒花火の最後を締めくくるのは、一般的に言う本殿前にセットされた「ナイヤガラの滝」です。
実はこの場面の撮影は失敗に終わりました。
結論的には、花火の火の勢いが凄くて、明るすぎたため、マニュアルで撮影した画像は全滅です。
恥ずかしいけど、失敗写真を・・・

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村屋神社 夏越し大祓式

2012年6月30日撮影

6月30日は県内各地の多くの神社で「夏越し大祓式」が行われます。
前回記事でご紹介した石上神社でも御田植祭の後、夏越し大祓式が行われましたが、石上神社の御田植祭と
夏越し大祓式の間が少し時間がありましたので、その間を利用して、田原本の村屋神社の夏越し大祓式を
拝見しました。

事前の勉強もしないで、取り敢えず・・・では、ダメですね。
作法の順序がわからないまま、タイミングも上手く行かなくて、作品としては全くだめですが、自戒の意味と
記録としての価値だけで、アップすることにしました。

村屋神社の正式名は「村屋坐弥冨都比売神社」といい、ご祭神として弥冨都比売と大物主命をお祀りしている
ことから、大神神社の別宮とも言われるそうです。

夏越し大祓式は、拝殿の前の庭に青竹(忌竹)を四方に立てた結界がつくられ、正面に直系1.8mくらいの茅の輪が置かれます。

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神主を先頭に、氏子総代、氏子さんが続いて茅の輪をくぐっていき結界に入られ、私たち村外の者も中に入れてくださいました。

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結界の中では参拝者に白紙で作られた「人形」が配られ、息を3度吹きかけて、半年間の罪穢れをここに移し、
神主の大祓いの祝詞が奏上されました。

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次に、名前を聞くのを忘れましたが、御幣を付けた長い葉っぱ(茅の輪と同じ素材かな)が配られ、左肩、右肩、左肩の順に、
身を清めるかのような作法がありました。

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その後、1.5cm角に切った紙(本来は麻だそうです)で同じように左、右、左と振り掛けながら自身を祓い清めます。

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最後は縄で囲った結界を切り、使い終わった茅の輪、忌竹、人形、麻、爪を神社の東側を流れる初瀬川(大和川)まで運びます。
特別の決まりはないそうですが、今回は地元のお子さん4名が茅の輪を川まで運んでくれました。

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そして、茅の輪や長い葉っぱ、紙の人形などを橋の上から川に流して終了です。
他の神社では、流さないでそのまま翌日もくぐれるようにあったと思うのですが、ここはこれで終了だそうです。

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《撮影メモ》
石上神社の夏越し大祓式も大勢の参拝者で賑わって、信仰の厚さがうかがえますが、別の意味で村屋神社の夏越し大祓式は、
素朴な神事で良かったと思います。
当日の天候が良くなくて、傘を持ちながらの撮影、それも作法や手順もわからないままでした。
来年、お天気が良ければ最初から村屋神社の方を拝見したくなるような、そんなお祭りでした。

石上神宮 神剣渡御祭 神田神社の御田植 夏越大祓式

2012年6月30日撮影

奈良県内には沢山の御田植があります。
その名称も「御田植祭」「御田植神事」「オンダ祭」など・・・
そして奈良県内の最初の御田植祭は1月7日に行われる大和郡山の植槻神社で、今回、6月30日の石上神宮末社・
神田神社が県内最後の御田植祭となります。

しかしながら石上神社の行事予定表では色んな行事があり、非常に忙しい一日となりました。
境内の予定表によれば、

午後1時  神剣渡御祭本宮祭
午後1時半 出御
午後2時  末社神田神社例祭並びに御田植神事
午後3時  還御
午後3時半 還御祭
午後5時  夏越の大祓式

となっていました。

ということで、撮影枚数もグッと増えましたので、短めコメントにて失礼します。
縁起や意味合いは石上神社HPでご確認ください。

本殿祭の後、水田脇や、集落の中などを行列になって神田神社に向かいます。

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神田神社の境内に作られた田んぼに「神剣が立てられます。

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6月を回ると他の地区での「御田植」は、予祝としての作法ではなくなり、大神神社でも実際の水田に実際の苗を
植えたりしますが、ここでは予祝で行われるような農作業の真似事で行われます。
最初は鍬を使うシーン

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その後、牛の面を付けて、耕して行きます。

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3名の早乙女さんらももうじき出番。

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田植えには、本物の苗が使われます。
3名の早乙女さんの息もピッタリ、綺麗に植えられていきます。

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御田植神事の後は続いて、夏越の大祓式です。
御田植とは直接関係が無いようにも思いますが、どうなんでしょうか。


神官さんを先頭に、参拝者の長い行列が出来ました。
作法的には、茅の輪をくぐって右まわり、またくぐって左まわり、そしてまたくぐるという風に、8の字型に3回
くぐることになっているようです。

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《撮影メモ》
本文中でも書きましたが、午後1時に開始して、夕方までかかる長丁場のお祭りでした。
当日はあいにくの雨模様で、写真的には傘がカラフル背景処理が難しい場面の連続です。
また、行列の目の前までカメラマンさんが近寄ってしまうので、なかなかロングで狙いにくいのも残念でした。

おまけ画像は、社務所で販売されていた茅の輪のお守り。この時期だけの特別販売だとか。

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