吐山 下部神社の風鎮祭(風の祈祷)

2012年8月25日撮影

春のおんだ祭や秋の太鼓踊りで知られる吐山の下部神社で、風鎮祭が行われると聞いて拝見しました。
ただし、特に珍しい所作や踊りがあるわけではありません。
しかしながら、特別な事をしない行事だからといって、歴史も無いのではなくて、何もないけれど
昔からのやり方を伝承されているということの素晴らしさもありますね。

風鎮祭という行事は県内いたるところで行われる暴風雨をさけて豊作になって欲しいという祈願です。

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地元の役員さんに聞くと、「昔は境内にもう一つ会所があって、そう今の反対側だけど、村中のみんなが
この日、各家の提灯を持って集まったんです。」「そやから、境内いっぱい提灯がぶら下がっていて
そらキレイやったよ」「それで神事が終わると家から持ってきたおかずで一杯やりながら、盆踊りも
しましたなぁ」とのことでした。

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「今はなかなか難しゅうて、代表の家だけが集まって、こうして宮司さんにお祓いしてもらってる」
「料理も仕出しやけど、みんなでいろんな話が出来るので、この辺だけは昔のままやなぁ」とも。
神事のあとの直会も楽しみの一つですね。

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《撮影メモ》
本文のとおり、特別な所作も踊りもありませんが、普段から、特別とか勇壮とかを期待して撮影している分、
何かほっとするお祭りでした。
このあと、近くで「陵燈会」があるため少し早めに切り上げましたが、暗くなるころ縁側に出してある
提灯に火が入るそうです。
地元のみなさん、おじゃましました。また、秋にお世話になります。
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専光寺 立山祭

2012年8月24日撮影

専光寺立山祭として、良く紹介されるこの行事を地元では「大垣内の立山祭」と言われていて、特色ある夏の伝統行事として平成8年に広陵町の指定文化財になっています。
立山祭は橿原市の愛宕祭と同じく、「作り物」を飾る行事です。

作り物は、新築の家や婚礼のあった家、公民館などを会場として、その年に話題となった出来事や有名になった人物を取り上げて作られます。
その由来は、江戸時代に流行した疫病の身代わりとして立てはじめたとか、元禄年間に武士の名残を偲んで武者人形を立てたとか諸説があるようです。


今年は、全6カ所で作られていましたので、順に拝見しました。
①吉岡邸「古事記編纂1300年 天の岩屋戸」

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②出井邸「NHK朝ドラ カーネーション」

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③旧公民館「大河ドラマ 平清盛」

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④光蓮寺「東京スカイツリー」

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⑤新公民館「どらえもん」

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⑥杉原邸「かぐや姫 天への旅立ち」

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《撮影メモ》
三脚禁止ではありませんが、立てる場所が難しいですね。
作り物は玄関に作られるのが多く沢山の方が見に来られるので足場がありません。

元興寺 地蔵会

2012年8月23日撮影

奈良というと南都の古社寺や万葉集など奈良時代にイメージを強く感じますが、奈良時代から現代に至るまでの
時代の流れの中で、江戸時代の風情を残す町並みが「ならまち」エリアです。
その「ならまち」エリアにある元興寺で地蔵会が毎年8月23日と24日に行われます。
有縁無縁一切霊等を追善し、また家内の繁栄と子供たちの健やかな成長を、そして世界の平和を地蔵大菩薩に祈願する行事だそうです。

今回は23日の様子を拝見しました。
本当はもう少し早く行くと、空色が青くてもっとキレイなのですが、それは又の機会にチャレンジです。

今まで、何回か行っているのですが、抹茶の振る舞いがあったことを初めて知りました。

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境内の浮図田で灯される祈願を墨書した灯明皿の撮影は、毎年同じパターンになりがちです。
何か、いいアングルがないものか、もっと色んな角度から見ないと、自分の作品になりません。
何ていうと、アップする写真が無くなってしまうので、取り敢えず・・・

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こういった祭りにはやはり着物(浴衣)が似合います。
今年は、沢山の方が着ておられました。若い女性はおじざんカメラマンに囲まれて大変!
親子で浴衣もいいですね~

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堂内では、画や書が書かれた灯籠が奉納されていました。

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地蔵会の最後は盆踊り

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《撮影メモ》
境内は三脚禁止です。
高感度撮影になりますが、まぁ仕方無いかな。

奈良市 大柳生の太鼓踊り

2012年8月18日撮影

昭和53年に奈良県の無形民俗文化財として指定された「大柳生の太鼓踊り」が、後継者不足で今年限りとなりました。
存続して欲しいという声も沢山あるのでしょうが、難しい問題ですね。
以前はこの踊りは当屋さんの自宅でされていた時代があり、当屋さんの負担が大きくなり今のように広場で開催されるようになったとも聞きます。

時代にあわせて、やり方が変化しても仕方がありませんが、何とか復興して欲しいと思います。
今回が最後ということなので、いつもの掲載点数から少し多めになりました。
その分、コメントは少なくなっています。

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踊りが終わって、皆さんで記念撮影。
やりきった感じで、清々しい笑顔で溢れていました。

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今年が最後になるという事で、例年には無い打ち上げ花火がありました。
このカットは、その花火の最後のシーンです。

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《撮影メモ》
踊りが終わった直後、踊り手が集まって「大柳生!」「大柳生!」「大柳生!」と叫んでいました。
仕方がないとはいえ、無くなることの寂しさ。
それも自分の代でなくなる辛さが彼らを叫ばせたのかも知れません。
涙が出ました。またいつの日か、撮影できる日を楽しみにしています。

山添村切幡 一万度ワーイ

2012年8月18日撮影

奈良県の山添村切幡に「一万度ワーイ」という行事があると聞いて、どんなお祭りかと興味深々。
神明神社で午前10時頃に始まるとのお話で、9時30頃に到着。
すでに数人の方が準備をされていました。
広くない境内の真ん中に榊が2本立てられていて、聞くとこの周りを数周回られると言います。

村の宮司さんから「さぁ、お願いします」と声がかかると、参集の皆さんが輪になって
「一万度ワーイ、一万度ワーイ、一万度・・・・」と、万歳しながら境内をぐるぐる回られます。
本殿に向かって右側の榊を中心に3周程まわり、それが終わると、そのまま左側の榊を中心に
さらに3周程回られました。

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境内での行事は10分くらいでしょうか、あっと言う間に終わります。
その後、会所の方に上がってお神酒と宮司さんが作って来られた赤飯を手に乗せて頂戴されます。

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お祭りは以上で終了ですが、それから世間話になり、お酒を召し上がる方やお菓子をいただく方、
それぞれ、色んなお話で盛り上がっていて、これはこれで皆さんの楽しみの一つ、お祭りの一部かなと感じました。

《撮影メモ》
宮司さんによれば「一万度ワーイ」は、風の祈祷とのこと。
つまり、台風などの大きな自然災害を避けるという意味と伺いました。
風の祈祷自体は、農村部で多くされている行事ですが、ここの所作は変わってますね。

率川地蔵尊 燈籠流し

2012年8月16日撮影

奈良市の興福寺近くの猿沢池の南側を流れる率川(いさがわ)で、灯籠流しが行われました。

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と言っても、水流が少なくて燈籠は流れていなくて置いてある感じです。

その小川には舟形の島があり沢山の地蔵さんがお祀りされ、四角い灯籠に明かりが灯されます。
この地蔵さんは近くの無縁仏を集めたられたと伺いました。

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地蔵さんの供養とともに、近くの子供さんには花火が配られ楽しそうに遊んでいました。

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《撮影メモ》
灯籠は流れていないので、ブレない。
ただ、ブレが無い分「流し」にはならないので、灯籠+水面+花火という構成で撮影してみました。
川幅は1メートルくらい、花火で遊んでいる場所もせいぜい8メートルくらいでしょうか。
あまり大きくないので、カメラマンさんが群がってしまいがちで、その辺が難しいですね。
今回は全て手持ち撮影です。
三脚もあればいいかな~とも思いますが、いい場所やいい角度となると位置取りが大変です。

池田の松明と六斎念仏

2012年8月14日撮影

奈良には無形民俗文化財に指定されている「六斎念仏」が三ヶ所あり、東佐味、東安堵と八島が有名です。
しかしながら、文化財として指定はないものの、簡略化されたりしながらも住民の手によって今も守られているものも少なくない。
奈良市の池田町もその一つであり、毎年8月14日に行われているのが「池田の松明」と呼ばれています。

当日の午後2時頃、池田町の東にある広大寺池の堤防で、竹や藁を使用して太さ(直径)約1.5M、長さ約4Mくらいになる松明が作られたそうです。
そして、7時頃になって松明に火が入れられました。
普段は大太鼓を地元の小学生が打ち鳴らすという話もありましたが、今日は天候が悪く中止をされたということで残念でした。

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およそ1/3位燃えたところで方角を定めて倒されましたが、古い資料には自然に倒れるのを待って、倒れた方向で作況を占ったとの事が書いていました。

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地元の長老にお伺いすると、この松明は「お盆の迎え火」であり、明日の朝、この灰を蓮の葉に取り山の物をお供えするのだとか、15日には「送り火」として、自宅近くで小さな松明を燃やされるのだそうです。
(今年は行けませんが、近いうちに一連の行事として拝見したいものです)

松明を倒すと、手に手に鉦を持って共同墓地に移動し、ここで六斎念仏が唱えられます。
今はその念仏も覚えている方がおらず、古い時代に吹き込まれたカセットテープに合わせて鉦を打たれていました。

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墓地での念仏が終わると、今度は会所(公民館)で再度、念仏が唱えられました。

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《撮影メモ》
この時期はお盆に関連した行事が沢山ありますが、この情報は、ネットで他の情報を探していた際に偶然見つけた情報でした。
奈良市のこんな場所で松明を燃やしているなんてあまり情報がなく、某団体の土井さんと言う方にはお時間を割いて、詳しく教えて頂きましたことに感謝申し上げます。

また、この会所は公民館として利用されているのですが、お寺でもないのに仏像が安置されていました。
古くはこの集落にもお寺があったが、明治の廃仏毀釈の時に廃寺になって、その仏像ではないかとの話でした。
中には大変貴重な仏像もあったらしく、現在は国立奈良博物館でお預かりいただいているそうです。

大和郡山白土町 子供ちゃちゃん講

2012年8月12日撮影

大和郡山市白土町で「子供ちゃちゃん講」という行事があると知り、早速拝見しました。
白土町まで行き、地元の方に聞いてみると、ちょうど今から始まるとのことで、急いで浄福寺に向かうとすでに子供さんが何人か集まっておられます。
そして、年長の男の子が太鼓、その他5人の子供さんは鉦を持っていました。

17:00になって年長さんの「せーの」の掛け声とともに、一斉に太鼓と鉦を打ち鳴らします。
ただ、ドンドン、カンカン打ち鳴らすのではなく、ちゃんと節が付いていてしっかりとしたリズムです。

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お寺の門で叩いたあと、本堂前でも同じく太鼓と鉦が叩かれます。

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その後、子供さんは自転車に乗って、集落の入口や角で同じように太鼓と鉦を叩きます。
4~5か所ほどまわったでしょうか。

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集落を回ったあとは、初盆を迎えるお宅に立ち寄り、庭先や家によっては上がり込んで太鼓と鉦を叩きます。

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初盆のお家で撮影の許しをいただき、いろいろお話をお伺いできました。
白土町には「大念仏講」という組織があり、その中にまた3つの講があって、7日の夜は大人が太鼓や鉦を叩くという話でした。
また、7日~14日の毎日夕方、子供さんが太鼓や鉦を叩く「子供ちゃちゃん講」があって、今回のこれがそうです。
さらに14日は集落を大きくまわるため、今日のコースより時間が少し早くなるとも伺いました。

子供たちは初盆のお家でジュースなどの接待を受けながら、最終的に浄福寺に戻り、最後の太鼓と鉦を叩きます。

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《撮影メモ》
平素から伝統行事・民俗行事には多方面にアンテナを張っていましたが、8月12日は何の情報もありませんでした。
そこで、県立の民俗博物館で開催中の「大和の祭りと芸能」という特別展が開催されていて、かつ、12日は学芸員さんによる解説が聞けるという事で、たまには座学もいいかなとという事で行ってみました。
たまたま入口に掛けてあった「切子灯籠」の解説を読んでみると、7日から14日の間、大和郡山の白土という集落で子供さんが太鼓と鉦を叩いてまわるとあったので、早速行って見たというのが今回の撮影です。
まぁ、犬も歩けば棒に当たるの諺どおりでした。

川西町 八ヶ郷の墓会式

2012年8月11日撮影

墓会式は盂蘭盆の行事。地元では単に「墓会(はかえ)」と呼び、お墓参りとは思えない盛況です。
八ヶ郷は川西町結崎郷の井戸・中村・辻・市場の四ヵ村と保田・唐院及び、三宅町域に属する屏風・伴堂・黒田・但馬・小柳)の八つの郷の事で、タイトルは中心となる川西町の安養院の場所を示したものです。

夕闇の迫る18:30頃から地元の方が、墓地の中心にある供養塔の周りにロウソクに火を灯していきます。

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供養塔の周りのロウソクがすべて灯された頃、僧侶が読経しながら供養塔の周囲を3回まわります。
(当日は少し雨が降ってしまいました)

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同時に自家のお墓の周りに108本のロウソクが立てられ、これに火を灯されます。
当たり一面の墓所が火の海のようになり圧巻でした。また、こんなお墓参りは見たことがありません。正にカルチャーショックでした。

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《撮影メモ》
三脚禁止ではありませんが、夕刻から夜の撮影になるので、ちょっと遠慮したいところですね。
高感度撮影の手持ちで概ね対応可能でした。
また、全体を撮ろうとするなら、じゃまにならない程度に離れて脚立があるといいかも知れません。
若い女性やご家族連れの方々も多く、お墓の通路には屋台も出ていてお祭り気分です。
こんなに賑やかにしてくれたら、ご先祖さんも嬉しいかも知れませんね。

千光寺 滝祭り火渡り修行

2012年8月5日撮影

奈良県の平群町に元山上千光寺というお寺があります。
役行者が十一面観音を刻み、庵を結んだのが始まりとされ、大峯山を開く前に修行したとされる修験道の霊場でもあります。
今日はその千光寺で、滝祭り火渡り修行が行われると聞いて、拝見してきました。

午前9時、お寺の近くにある滝で行が行われます。
滝に打たれているのは僧侶のみならず、一般の方も参加できるそうですが、今回は見送りました。

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今回は特別に、違う滝での修行に立ち会うことが出来ました。
ここでは、下が砂地になっているため、座って経が唱えられます。

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滝修行のあと、一旦お寺に戻り着替えてから再度滝に向かうシーンです。
夏らしくヒマワリが咲いていました。

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境内では引き続き、護摩焚きが厳修されます。

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燃えさかる炎に負けない力強さで、行者の読経が続きます。

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護摩焚きに使われた丸太を組みなおして、火渡りが行われます。
(私も、人生初の火渡りに挑戦しました。ちょっと熱かったけどヤケドすることも無く無事に生還しました)

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《撮影メモ》
滝修行の場面では三脚が欲しくなるほど暗いです。
デジカメなので少し高めのISOで対応しています。
また、行場はあまり広くはないので対岸にカメラマンがいるとバッチリ?写ってしまいます。
このあたりのフレーミングも重要ですね。

午前9時から始まったこの行事でしたが、すべてが終了するのは午後2時前です。
かなりの長時間になりました。
でもありがたいことに、お寺の方から時間があればお昼ご飯でも・・・とお誘いいただき有難く頂戴しました。
炊き込みご飯と護摩豆腐、お味噌汁でした。とてもおいしくいただきました。ありがとうございました。
また、お寺の方も、行者の皆さんも、初対面ながらもやさしくご親切いただきましたことを感謝いたします。
この場を借りて御礼申し上げます。
おまけ画像は当日いただいた昼食です。

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大峯山洞川温泉 行者祭(2日目)

2012年8月3日撮影

天川村の洞川温泉では役行者が冤罪での島流しからお帰りになったことを祝って出来たと言われる行者祭が行われます。
行事は2日間にわたって行われますが、今回は2日目を拝見しました。

夕暮れの午後6時45分から、ひょっとこ踊りが始められ、つづいて阿波踊りが披露されました。
(投稿点数が多くなるので割愛します。

午後7時には、西浦清六さん前で行者さんによる「鬼の宿・御神火のお勤め」が厳修されました。

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その後、行者さんらは温泉街をほら貝を吹き鳴らしながら、龍泉寺まで練り歩きます。

行者さんの後には、鬼踊り行列が続きます。

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途中、鬼行列のメンバーで太鼓が打ち鳴らされます。
2~4名で叩くバチさばきが素晴らしい、なかなか気合の入った見事な演舞です。

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行列がすべて終了後、龍泉寺では行者さんによる御礼護摩が行われます。
これだけの行者さんが揃うと見事ですね。

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《撮影メモ》
来年もまた来たくなるそんな行事でした。
ひょっとこや、阿波踊り連、その他地元の若者もたくさん行事に参加していて、見どころ、撮影ポイント満載です。
もう、いそがしい。いそがしい。

行事がすべて終わる9時過ぎ、花火が上げられました。
祭りの余韻を楽しむかのように、赤く燃える夜空を眺めていました。

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墨坂神社 火祭り

2012年8月3日撮影

榛原駅の南側を流れる宇陀川を挟んだ高台に鎮座する墨坂神社は、古くは日本書紀にも登場する古い土地です。
その墨坂神社で夏には珍しい火祭りが行われると聞き拝見しました。

事前の情報で午後2時から始まるとの事で、その20分前に到着したのですが、境内には消防署の方がおられるだけで、
お祀りの雰囲気が全くありません。
しばらく様子を見るも全く動きが無いので、境内を掃除されていた方に聞くと、なんと午後2時から旧社地で
始められ、ここまで御渡りがあるとのことで、早速移動です。

旧社地は現在の西峠の近く、古くは「天の森」と呼ばれ、文安(ぶんあん)6年(1449)まで「墨坂神社」が
鎮座していたところだそうです。

到着、間一髪でご神火を松明の移される場面で到着しました。

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その後、今の墨坂神社まで御渡りをされます。
宮司さんを先頭に、松明、太鼓が続きます。

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拝殿に到着した一行は、子供神輿の到着を待ちます。
子供神輿は3つの地域から出されていて、「墨坂子供会」「杉の子子供会」「宮本子供会」です。

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本来は、子供神輿が到着するのを待って、神事が行われるのですが、今回は一台が遅れたため
先に神事が行われました。
神事は特に珍しい作法もありませんし、以前、写友さんのHPで見た拝殿に松明を持ち込むことなく
松明は拝殿脇に置かれていました。

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神事が終わると境内の一角に竹を4本立てて結界した中に組まれた、トンドに火が移されます。
トンドの中には、七夕飾りがうず高く積まれていました。

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《撮影メモ》
子供神輿が坂を登るシーンは面白かったですね。大人も子供も、みんな汗だくです。
特別な神事はありませんが、旧社地での火起こしを見ていなかったので、そこが残念です。
午後2時からだったのですが、1時45分頃から始まっていたような感じでした。
またこのお祭りはそんなに古い祭りではなく、昭和30年代だったかなと長老からお伺いしました。