大保町 八坂神社の横跳び

2012年10月14日撮影
前日に引き続いて大保町の八坂神社で今度は「横跳び」が行われました。
まずは拝殿内ではなく、境内で祝詞が奏上されます。

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その後、神饌の儀
オワタリ衆が榊の葉を咥えて、お供え物を手渡しされます、これは神様へのお供え物に不浄な息がかからないようにだとか、もちろん無言でした。

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ひとおおりの祭式が終わると、ローシュ、トーヤヌシ、オワタリ衆は境内を出て、鳥居の横まで移動し、「モリガミ呼び」という所作が行われた。

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「モリガミ」というくらいだから、森の神様のことであろうと思われますが、一つのモリガミ呼びが終わると、また別の角度で、同じように「モリガミ呼び」が行われます。昔は、もう少し移動されていたという話も聞きますが、手持ちの資料にも記載が無いのでいろいろ諸説があるのでしょうね。

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また意味は良く判りませんが、その後境内を3回ほどぐるぐるまわります。

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さて、いよいよ「横跳び」です。
前日の「三角跳び」は、拝殿内で行われましたが、今回の横跳びは境内で行われました。
作法は向かい合って、両手を広げた状態で、反復横跳びの反復しない感じで横に跳び、2~3回で反転、今度は背中合わせで、横跳び、最後にまた反転して、向かい合って横跳びされます。
これを合計3回繰り返して終了。

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で、通常は終了ですが、今年は某公的機関の調査があって、違う角度で撮影したいという申し出があり、祭式終了後に、再度横跳びが行われました。
という事で、私も違う角度でもう一枚。

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《撮影メモ》
2日間にわたって大保の八坂神社の三角跳び・横跳びが拝見出来て大変興味深い所作が沢山ありました。
また、2日間は非常に天候も良くて、なにより地元の皆さんに大変お世話になりました。
ありがとうございました。
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大保町 八坂神社の三角跳び

2012年10月13日撮影

奈良市の東山中と呼ばれる地域には国や県の指定を受けてはいないが地域で大切に守られている伝統芸能がたくさんあります。
今回は大保町八坂神社の宵宮祭を拝見しました。
前もって調べて行ったのですが、少々早めに到着し、おかげで準備されるところから拝見することが出来たのは嬉しい誤算です。

準備は境内で竹を切って決められた長さに揃えておられました。
そして出来上がった竹に御幣を付けていくのですが、長老さんから「違うがな~」とやさしい指導が入ります。
でも、こうやって伝統が守られて行くのかなぁと、何か心温まるシーンでした。

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準備の一つとして餅つきが行われましたが、そのためにわざわざ着替えておられ、手には太鼓やササラ、笛をもっておられます。そして、楽器の囃子に合わせて餅つきが行われました。(は、ちょっと言い過ぎ)

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搗いた餅は早速みんなで丸められます。

この餅つきは2回行われ、大きめの鏡餅が6組?
小さなお餅を100個作られます。みなさん、楽しそうです。

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午後から神社の周囲を行列して回ります。
先頭は大きな御幣、つづいて唐櫃、竹で作った御幣を12組まとめたもの、そしてオワタリ衆が続きます。

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神社に戻った後、拝殿で宵宮祭のクライマックス「三角跳び」が行われました。
拝殿の中央に、太鼓を置き、オワタリ衆が扇子で回りを仰ぎます。
この作法は他の地区でも見かけますが、意味合いは良く判りませんでした。

三角跳びは、中央に太鼓をおいて、その周りを三回に分けて飛び、元の場所に戻ります。
その後、笛、ササラなど、全員が三角跳びをして、宵宮祭は終了です。

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《撮影メモ》
おまけ画像はお昼の休憩時に近くで撮影しました。
コスモスが秋風に揺れてとても気持ちの良い日でした。

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八柱神社 題目立

2012年10月12日撮影

題目立は上深川町の八柱神社の祭りで奉納される芸能で、昭和51年に国の重要無形民俗文化財に指定され、さらに平成21年には、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

これは、この題目立にはほとんど動作がなく、各演者が所定の位置で、呼び出しの順に独特の節回しで物語が語られていく大変珍しい芸能だからでしょうね。

現在、3~4曲ほどの演目が伝わっているそうですが、今年の演目は「厳島」でした。
しかし、この行事は出演者も大変でしょうが、見学者も大変です。かなりの忍耐力がないと最後まで付き合えません。

まずは一枚目、入場されてから延々1時間以上この体制で物語がつづきます。
(ストロボは禁止ではないのですが、ストロボがないほうが雰囲気が良いのでこちらをアップしました。見づらくて申し訳ありません)

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違う角度でもう一枚
奥に見える提灯を左上にたどると、そこが八柱神社です。

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少しアップ目
一番左側で一人だけ衣装が違う青年は清盛役

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他にも少し動く所作がありますが、一番の見どころ、弁財天が清盛に節刀を授ける場面です。

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清盛は受け取った刀を振り回し踊ります。(喜びの表現でしょうか)

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曲の最後近くに披露される「フショ舞」出演者全員で「よろこび歌」を歌う中、中央に出てセンスをかざしながら反り返るようにして舞います。

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《撮影メモ》
題目立は非常に撮影困難な伝統行事ですね。
1、動きが少ない。よって、バリエーションが少ない。
2、観覧席は非常に混雑、よって、移動がままならず、最初のポジションが重要
3、で、今回はポジション失敗(全体を見渡すことが出来ましたが、行燈が真正面に来てしまった。
などなど・・・
しかし、全体で見ればなかなか見応えのある行事でした。また来年に再チャレンジです。

奈良豆比古神社 神事相撲

2012年10月9日撮影

翁舞で有名な奈良豆比古神社ですが、8日の翁舞の翌日の夜、神事相撲が行われているのをご存じの方は少ないのではないでしょうか。

相撲といっても、神事ですから取っ組み合いをするわけではありません。

まずは、神職からお祓いを受けます。(はっけよーいの代わりでしょうか)

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そして力士役の二人は、榊を頭上に掲げて、拝殿を進みます。

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拝殿を中心にぐるっと回ります。ここはちょうど拝殿の反対側ですね。
ここでも二人は触れ合うことなく過ぎていきます。

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これを何周かして(3周?)終了!以上で、神事相撲は終わりです。

力士役のお二人が小さなお子さんを抱っこされました。
子供成長をお祝いしているのしょうか。

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《撮影メモ》
伝統行事が好きなカメラマンさんが数人おられるだけで、一般の参観者はほとんどおられません。
昨夜のことを考えるとウソのような光景ですが、やっぱりご存じじゃないのでしょうね。
ご興味のあるかたは、来年ぜひご覧ください。

柳生の宮座行事 八坂神社 相撲の舞

2012年10月8日撮影

今回撮影させていただいた柳生八坂神社の秋の例祭は、「柳生の宮座行事」として昭和61年3月に県指定の重要無形文化財となった古い形式を今に残す祭りです。
宮座というのは、「地域の鎮守もしくは氏神である神社の祭祀に携わる村落内の特権的な組織及びそれを構成する資格者の集団」で、平たく言えば氏神さんの運営者ということでしょうか。
例祭が始まる前に宮司さんにご挨拶し、いろいろとお話を伺うことが出来ました。

ここ柳生では上の十二人衆、下の十二人衆と分かれていて、隔年でそれぞれの役割を交代しながら例祭が執り行われますが、今年は上の十二人衆が舞の担当、下の十二人衆が世話係だそうですが、指定された文化財の名称からすると例祭の所作もさることながら、この宮座という運営方法が登録されたのかも知れません。
(ただし、十二人衆と呼ばれていますが、上が10名、下が8名という人数になっているそうです)
そして宮司さんから、これから頭屋さん宅に迎えに行きますが、一緒に行きますかと声をかけていただきましたので、喜んでついて行きました。

しかし、頭屋さん宅では大宴会の真っ最中。呼んでも、呼んでも出て来られません。
これは頭屋さんのお祝いであり、宮司さんに待っていただくのも一つのしきたりだそうです。

かれこれ1時間くらい待ったでしょうか。
まずは頭屋さんの自宅のお庭で榊や御幣を持った方を先頭に、楽器を持つ方達が輪になってグルグルまわります。

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それが終わると、いよいよ出発!静かな山里を神社に向けてお渡りが行われます。

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神社の手前、100メートルくらいのところで、世話役の下の十二人衆の代表らが出迎えておられます。

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境内ではその他の世話役さんが整列して、拍手で迎えられました。

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拝殿内に進んだ上の十二人衆は、頭屋さん宅同様に拝殿内をグルグルまわります。(3周かな)

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本殿での神事が終わると。拝殿での神楽奉奏です。

相撲の舞は、両手を大きく広げて向かい合った二人が、ガバッっと抱き合います。
そしてすぐに分かれて、また抱き合います。
拝殿の奥側で3回位繰り返して行ったあと、本殿に近い方に寄って、同じ所作が行われます。

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簓(ササラ)の舞も同様に奥側と手前側で、同じ所作が行われました。

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最後は影向(ヨーガ)の舞です。これも同様に行われました。

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《撮影メモ》
本文で書いたとおり、柳生の宮座行事は上と下が入れ替わるので、お渡りから撮影するなら少し早めに付かないとどこに行くのか判らなくなります。
また、拝殿での所作はもちろん興味深い所作ではありましたが、静かな山里を行くお渡りもなかなかの被写体です。
最後になりましたが、八坂神社の十二人衆の中に、いつもお仕事でお世話になっている〇〇神社のIさんがおられ、色々とお祭りの事を教えていただいたり、宮司さんをご紹介いただいたりしました。この場を借りて御礼申し上げます。

奈良豆比古神社 翁舞

2012年10月8日撮影

奈良豆比古神社は延喜式神名帳にある古い神社で、中央に奈良豆比古神、右殿に施基親王、左殿に春日王をお祀りされています。
そして、この翁舞の由来について神社の縁起によれば、春日王が病気になられた時に祈願の舞を奉納したのが始まりとされていました。
また、この翁舞は「国指定の重要無形民俗文化財」で、翁舞に使用される面は、普段は国立博物館に保管されるほどの貴重な面だそうです。

千歳の舞

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大夫の舞

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脇が面を付けて加わり、三人で万歳楽を舞う

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三番叟の前舞

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千歳と三番叟の問答

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三番叟の後舞

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《撮影メモ》
奈良豆比古神社の翁舞は国の指定だけあって、狭い境内は人で溢れかえります。
よって、ちょっとした望遠で人垣に間を縫うようにしないと撮れないですね。
あと、三脚・ストロボ禁止なので高感度に耐えるカメラも必要です。

出演者は全員素人の地元の方々、舞が始まるまで、準備してたかと思うと、いつの間にか着替えて、舞台で唄っておられる方もありました。
そんなことで、なかなか制約もあって難しい被写体ですが、その素朴な舞がこの翁舞の魅力だと思います。

九頭神社 狭川の神事芸能

202年10月8日撮影

奈良市東部から山添村にかけては、東山中とも呼ばれる地域で古い形式の芸能が良く残された地域でもあります。
そしてこの神事芸能は「狭川の神事芸能」として、平成5年3月に県指定の無形民俗文化財になっています。

お祭りのスタートはまず記念撮影から始まりました。
カメラマンさんは地元のカメラ愛好者。ただ、当日非常に良い天候に恵まれ過ぎて、日の当たる方と影の方のバランスが取れないと困っておられました。

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神事の後、拝殿内で「翁舞」が奉納されます。

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その後、田部神社までのお渡りです。
稚児さんを先頭に、田園風景の中を神輿・前導・太刀・甲冑・御幣などがつづきます。

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御旅所である田部神社では、輪になって太鼓や鼓などを鳴らしながら回る田楽舞の「バタラン」や、2名1組が背中合わせになって、ななめ後方に飛びながら回る、三角跳びの「ピッピラ」が奉納されます。

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御旅所に戻って、境内で再度、神事芸能が奉納されます。
最初はバタランですが、こちらでは3名で行われます。

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その後、こちらでも三角跳びが奉納されます。

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あと、名前を聞き忘れた所作があります。
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境内での所作の最後は「神事相撲」です。
服を着たまま、ふんどしとおでこにマスクのような四角い布が着けられ、勝負と思いきや2人がお互い組んでから、ぴょんぴょん飛び跳ねます。

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《撮影メモ》
田部神社でのバタランは場所が狭いので危険な気もしますが、脚立が欲しかったですね。

丹生川上神社 中社 小川祭のあとで

2012年10月7日撮影

丹生川上神社中社の小川祭りは太鼓台が8台もでて、非常に華やかで勇壮なお祭りで神社境内での餅まきが終わると、祭りも終わり解散となりますが、その後、3台の太鼓台が地元に戻る途中の神社で練りと餅まきが行われていました。

3台の太鼓台が、神社の鳥居に頭を突っ込んでいきます。

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また、太鼓台を高々と持ち上げると歓声と拍手が沸き起こります。
こちらの方が、地元の皆さんとの距離も近く、遠くまで行けない年配の方も楽しそうにご覧になっていました。

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ここで改めて、3地区だけで餅まきが行われました。

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《撮影メモ》
一応、見る方が見れば判ってしまいますが、3地区の名前は伏せておきます。
また、神社の名前も同様です。ご了承ください。

丹生川上神社 中社 小川祭

2012年10月7日撮影

丹生川上神社の祭神は、水の一切をつかさどる罔象女神(みずはのめのかみ)で、境内横には美しい清流が流れていて、水に関する企業や団体の参拝も多いと聞きました。
    
小川祭は「太鼓台奉舁」として、五穀豊穣を祈願し重さ1トンを超える八基の太鼓台が荒々しく乱舞する勇壮な祭りで、8地区から太鼓台が繰り出されることから「八連(やから)の太鼓台」とも呼ばれています。

境内での勇壮な太鼓台は有名で大勢の見物人で賑わいますが、古い町並みの中を神社に向けて繰り出されるシーンが欲しくて撮影しました。小川区(役場近く)の出発の様子です。

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神社に到着した太鼓台は鳥居をくぐって、まず拝殿に向かいます。
拝殿前には石段があり、声をあわせて力を込めて一気に駆け上ります。

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拝殿内では、宮司さんが待ちかねたようにお祓いをされました。

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各地区から繰り出された太鼓台が威勢よく境内を巡航しますが、本殿前では「我が地区の太鼓台が一番や~!」という感じで、太鼓台を両手で一気に持ち上げると地元地区の皆さんを筆頭に大歓声があがりました。

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乗り児(のりこ)と呼ばれる子供も、太鼓台の中で休む間もなく太鼓を叩き、大声を張り上げてリズムを取って行きます。担ぐ青年も大変ですが、乗り児(のりこ)も重要な仕事が任されていました。

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祭りのクライマックスは横一列の八台の太鼓台が並び、全台が両手を突き上げながら、太鼓台が乱舞します。
太鼓台のウェーブ状態!これはスゴイです。迫力満点です!!!

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ラストは餅まき。
境内を埋め尽くす見物人目がけて、各地区から奉納された大量のモチが撒かれました。

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《撮影メモ》
県内には太鼓台やお神輿が奉納されるお祭りが沢山ありますが、太鼓台の勇壮さで東吉野の右に出る太鼓台はないように思います。
太鼓台の境内練り歩きはいつでも撮影出来ますので、前半は拝殿前で撮影するのがベターでしょう。
中盤に境内で撮影され、最終の並ぶシーンは拝殿横に少し高くなっている場所から撮影出来ます。
ただし、開始直後から前列に陣取って撮影される方もいらっしゃるので、カメラを高く持ち上げてノーファインダー撮影になります。それと、今回はラストを中央部で撮影したため8台がすべて並ぶシーンが撮れませんでした。
撮影位置も重要ですね。
あと、もう一つはストロボは必須ですね。拝殿側からは逆光になります。

川合八幡神社 ヒキアイモチ行事

2012年10月7日撮影

「ヒキアイモチ行事」と、変わった名前の行事ですがお祭りの内容は多種多様でなかなか見応えのあるお祭りです。

祭りは、「水泥」「上奉膳」「下奉膳」「川合」の4地区から十二振提灯に灯りが点され、八幡神社に奉納されます。
十二振提灯は、各辻で休憩しながら、伊勢音頭が唄われます。

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そうこうしている内に各地区から出発してきた十二振提灯が合流してきました。写真は神社の南側に位置する「水泥」「上奉膳」「下奉膳」の十二振提灯

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境内に4か所の十二振提灯が奉納されました。
十二振提灯は所定の場所に立てられ、高張提灯だけ本殿に上げられます。

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本殿下の境内で相撲神事が行われます。
ただし、取っ組み合いをするのではなく、はっけよーいの後、二人は本殿に向かってバンザイされます。
この所作は3回行われますが、必ず1勝1敗1引き分けがそうです。

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いよいよ名前の由来となった「ヒキアイモチ行事」です。
ワラで作った袋状の「コグツ」と呼ばれるものに、お餅を80個入れ、本殿の上から下に転がします。
転がり落ちた「コグツ」はすぐに拾い上げられ、本殿に上げられます。
そして、また下に転がすということを3回行われます。

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次は転がり落ちた「コグツ」を子供たちが境内を引き回します。
このあたりの所作が名前の由来でしょうか。

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「コグツ」から餅が取り出され、子供さんに配られました。

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残った餅は各戸に分けられます。
「コグツ」には奉納日が記載された立札が掛けられ、拝殿に提げられます。

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《撮影メモ》
なかなかお得なお祭りでした。
十二振提灯の奉納をはじめ、相撲神事やヒキアイモチ行事とバラエティ豊かです。
今回はストロボが急に不調になってしまい。
肝心の相撲やコグツが上手く撮れなかったので、来年再チャレンジです。

邑地水越神社 秋祭り宵宮

2012年10月6日撮影

奈良市の東部から山添村にかけては、別名、東山中とも呼ばれて古い形式のお祭りが沢山残されています。
今回、拝見させていただいた邑地水越神社の秋祭り宵宮もジンパイやスモウの奉納があり、興味深いものがありました。

まずは村内の集会所から水越神社までお渡りされましたが、真っ暗な道で街灯も少ないのでピントが合いません。

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到着後、本殿に向かって全員で参拝されました。(当日は少し雨が降ってきました)

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舞台で太鼓と鼓の2名がまず奉納されます。
が、所作の名前がはっきりしません。これをジンパイ(神拝)と言うのでしょうか。

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太鼓と鼓を持った方が中央に出てきて、クルクルと回ります。

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次はササラを持って出てきて、同じようにクルクルと回ります。

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これを2回繰り返して、一旦舞台から退場されました。

いよいよ翁舞です。「式三番翁舞」という唄の本がありましたので、そういう名前の踊りでしょうか。

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翁舞の途中では参拝者が白い紙に包んだものを投げ入れます。(多分、お金)

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最後は、スモウの奉納でした。
でも、ちょっと変わっていて、右手を握り合って、左手は大きく振って、右回りにクルクル回ります。
勝敗は無いようですね。

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《撮影メモ》
行事自体の日程や時間は上手く下調べ出来たのですが、内容の方がはっきりわかりませんでしたので、所作の名前は正確ではありません。あしからず、ご了承ください。

般若寺のコスモス

2012年10月6日撮影

伝統行事の撮影の合間を見て、奈良市内の般若寺のコスモスを撮影しました。
般若寺は奈良市北部・奈良坂にある真言律宗の寺で、ご本尊は文殊菩薩。
石塔の十三重塔が良く知られたお寺でもあります。

当日はまだ満開でもなく、写真をご覧いただいたようにまだまだ蕾も沢山あってこれからが一番きれいな状態になるように感じました。
すべて境内の写真ですが、場所は順不同です。

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《撮影メモ》
コスモスがかなり大きく育っているので、よくある花に埋もれた石仏は埋もれ過ぎでした。
脚立があると良いのですが、ご使用においてはお寺さんへご確認ください。
また、本文中にも書きましたが、まだまだこれからが美味しい状態になりそうです。
あまり光線の強くない日を選んで、ぜひ般若寺にお出かけください。(BY観光協会)

鹿の角きり

2012年10月6日撮影

奈良公園に生息する鹿は、春日の神鹿として観光客に親しまれ、世界的に見ても人間と鹿がこんなに近くで共存してるのは珍しいと思います。
しかしながら、10月頃になると雄鹿の角は大きくなり発情期とも重なり時に人々に危害を加えることもあります。
この危険を未然に防ぐために江戸時代のはじめ、当時の奈良奉行の計らいで鹿の角きりが始められたといいます。
鹿の角はそのまま放置しても毎年冬になると脱落して生え変わりますし、また、生育した角には神経も血管もないそうで、乱暴に言えば人間が爪を切ることと近いそうです。

今年は10月の6日・7日・8日の3連休に合わせて3日間催されましたが、初日の撮影となりました。

まず最初に春日大社の神官によりお祓いがあります。
場内に立つ黒い法被の方々は「勢子(せこ)」と呼ばれる鹿の角きり役のみなさんです。

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楕円形の場内に立派な角を持つ雄鹿3頭が放たれると、勢子は赤い旗を持って横一列に並び鹿を外周に回り込むように追い込んで行きます。

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と、思ったら勢子の横をすり抜ける賢い鹿も居て、先輩の勢子から「ちゃんと見とかんかい!」と怒鳴られていました。

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外周を上手く回らせたあと、手に十字と呼ばれる捕獲道具を持って、猛然と走り込んでくる鹿の角に目がけて投げつけます。

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写真では簡単にかかっているように見えますが、これがなかなか掛からなくて、何回も何回も失敗を重ねていきます。
上手く鹿の角に縄がかけられたら、今度は力比べです。
奈良公園の鹿と言っても基本は野生ですから、勢子5人位との綱引きのようですね。

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捕えられた鹿には水を飲ませ、少し落ち着かせた後、烏帽子を冠った神官によって角が切り落とされます。

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切り取った角を掲げる神官

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《撮影メモ》
今回は天候が良くて、撮影には好条件でした。
曇り空の時はいい色が出ませんし、といって雲一つない晴天の時は、追い込みの所が影になって明暗差が強くなり過ぎ、影に入る鹿が上手く写らないことがあります。
それでも色んなシーンが撮影出来て楽しいひと時が過ごせました。

おまけ画像は、初日だったので取材のカメラマンさんがたくさんおられました。
失敗が許されない撮影で、且つ、他社よりいいアングルで!ということか、皆さん必死です。

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転害会

2012年10月5日撮影

転害会は東大寺境内に八幡社をお祀りした頃からの古いお祭りで、天文8年(1539)までは勅祭であったともされる由緒正しい行事のようです。
そして、その昔は馬の数が85頭を数える祭列があったともいいます。

現在行われている行事は、手向山八幡宮での祭式と、名前の由来ともなっている転害門での祭式が残されていますが、今回は、その転害門での祭式を拝見しました。

転害門では、門の下に2匹の獅子が飾られて、狛犬のようにされていました。
また、中央には勧請されたと思われる神輿が置かれています。

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祭式については一般的なもので、修祓からはじまり玉串奉奠が行われました。

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《撮影メモ》
古い大きな行事が時代とともに縮小されてしまったのは残念ですが、古儀の復活をお祈りしながら、縮小されても続けておられるところに敬意を表したいところです。

今日はお天気も良く沢山の参詣者がおられました。
全体の雰囲気はこんな感じです。

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高天彦神社 ススキ提灯奉納

2012年10月4日撮影

ススキ提灯というと、「御所の献灯行事」という名称で奈良県指定無形民俗文化財となった鴨都波神社のススキ提灯が有名ですが、葛城・金剛山麓を中心に御所市から五條市、吉野地方の一部の広い地域で見ることが出来ます。
今回は御所市の高天彦神社の秋祭りに奉納されたススキ提灯を拝見しました。
私の調べたところでは、ここ高天彦神社のススキ提灯が秋祭りとしては一番早いと思います。

本祭の前夜である宵宮の20:00頃、4地域から提灯を奉納するために集まって来られます。

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街灯も無い、暗い夜道を登って行かれますが、神社がかなり高い位置にありますので、遠い地区からは大変なようです。

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高天彦神社をご存じであればですが、あの狭い杉木立の参道を、提灯をななめにしながらお参りされます。
その後、一の鳥居で一度集合され。伊勢音頭が唄われました。

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一の鳥居をくぐって、さらに本殿前の鳥居をくぐります。
境内にも街灯が少ないので、上手く撮影出来ていませんが、雰囲気だけでも。

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本殿前に勢ぞろいしたススキ提灯。
高天地区から「高天彦神社」と書かれた提灯が2本、極楽寺地区から「高天彦神社」と書かれた提灯が2本、西北窪・北窪合同地区から「宮本」と書かれた提灯が2本あり、全部で6本のススキが奉納されました。

ススキ提灯を別名で「十二振提灯」と呼ばれることがありますが、写真のとおり一番下が左右で6個、中央が4個、上段が2個あり、全部で12個あることからそう呼ばれるそうです。

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《撮影メモ》
今年の宵宮は4日の夜でしたが、毎年、変わるそうですので注意が必要です。
また、本文中にも記載しましたが、道路にも境内にも街灯があまりなく、あっても照度が低いのでそのままでは厳しい撮影になります。今回はISO感度を3200まで上げた上で、さらに数点の写真にはアクティブDライティングで暗部をかなり持ち上げております。

おまけ画像は、境内の狛犬にお供えされていたものです。
一辺が12センチくらいの杉板にお餅の小さいものが、9個ならんでいました。

役員さんにお伺いしたところ、これはお祭りの準備で「千本搗き」をやって、その一番最初に出来た餅だということで、本殿の中にある狛犬2体と、外の2体とあわせて4個作られるそうですが、「なぜ9個か?」「なぜ狛犬か?」ということは良く判らないそうで、昔からそうしてきたとのことでした。

お餅の方は、「牛の舌餅」と言われる小判状のお餅を作って、氏子さんに配布されるそうです。

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氷室神社 例祭 夕座舞楽

2012年10月1日撮影

奈良で一番早く咲くと言われるしだれ桜で有名な氷室神社ですが、残念ながら桜の時期以外の参拝者は多くありません。
しかしながらこの神社の由緒には「元明天皇の御世、和銅3年7月22日、勅命により平城新都の左京、春日の御蓋の御料山(春日山)に鎮祀され、盛んに貯水を起こし冷の応用を教えられた。これが平城七朝の氷室で、世に平城氷室とも御蓋氷室とも春日の氷室とも言われた。」とあり、歴史のある神社です。

そして境内の本殿東側には末社として、南都舞楽の楽祖なる狛光高公を祀った舞光社があるということで、例祭(例大祭)に舞楽奉納がありましたので拝見してきました。

なお、当日は午後1時からマリンバ演奏や創作舞踊の奉納もあり、舞台音楽全般の奉納になっているようです。

今回は午後6時半からの「夕座 舞楽(南都晃耀会・南都流舞楽伝承会)」の撮影となりましたが、全曲目を取り上げさせていただきましたので、枚数が多くなっています。最後までご覧いただければ幸いです。

夕暮れの四脚門と氷献灯

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東遊(舞台全体を撮影)

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東遊(着替え後のシーン)

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振鉾(一節)

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振鉾(二節)

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万歳楽

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延喜楽(写真は単調になりがちなので、少しアップで撮影)

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賀殿

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登天楽

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陵王

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この演目からストロボを直射しながら、動きを表現するため、シャッタースピードを1/4に落として撮影しました。

納曾利 その1

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納曾利 その2(1/4秒の間に、他のストロボが光ってストップモーション風に?)

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拔頭(全体写真が多いので、玉にはアップで)

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落蹲(最後の演目)ちょっと左右の背景がうるさいのでフォトショップで加工しました。

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《撮影メモ》
氷室神社の舞楽奉納はお奨めです。あんなに素晴らしい公演なのに参拝者が少ないので、ゆっくりと鑑賞していただけます。
また、写真撮影も通常のマナーさえ守れば自由な位置から撮影可能でした。
さらに、境内の参道や石段には氷献灯と呼ばれる氷の器の中でロウソクの光が揺れているという幻想的な燈火も楽しめます。その氷燈火は毎月1日に行っておられるとの事でした。

参拝者がもっとたくさん来ていただければいいなぁ・・と素直に感じるいい奉納行事でした。

奈良豆比古神社 式年遷宮 翁舞

2012年10月1日撮影

奈良豆比古神社で20年に1度の「式年遷宮」が行われました。
式年遷宮とは一定の期間(20年)ごとに新殿を造営して旧殿の神体を移すこと言いますが、ここ奈良豆比古神社では春日大社同様に、現在の本殿を清浄にしてご神体を移されるようです。
今回は8月に仮宮に移されていたご神体を、深夜、清浄された本殿に移されましたが、写真撮影不可でした。

以下の写真はその式年遷宮に関連した「竣工祭式」です。

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修跋のあと、円錐形に盛られた特徴のある膳が献撰されました。

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千歳の舞

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翁の舞

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三人の翁の舞

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三番叟の舞

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《撮影メモ》
10月8日に行われる翁舞は夜間の行事であり、カメラマンを含む参拝客で境内は身動き出来ないほど混雑していますが、今日はあまり知られていないのか地元の方の他は、少なかったように思います。
また、明るい時間帯での翁舞は貴重な体験でした。次回の遷宮時となれば20年後ですからね。