浄見原神社 国栖奏

2013年2月23日撮影

国栖奏は奈良県の無形民俗文化財に登録される貴重な行事です。
行事日程は旧暦の1月14日と定められていて、今年は2月23日となりました。

国栖奏は「国栖舞」とも古い記録にあり、舞が中心の行事でもあるようです。
その舞は、吉野国栖に逃げ落ちた大海人皇子を慰めたという伝承もあるようですが、現在行われている国栖奏は、昭和の初めに多忠朝(オオノタダトモ)によって雅楽化されたものだそうです。(大和の年中行事より)

また、国栖奏は俳句における新年の季語ともなっているようで、他の民俗行事ではお見かけしない俳句ファンも沢山おいでになるようです。

行事は神主?さんのお参りから始まりました。

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鼓翁一人、舞翁二人、笛翁四人、歌翁五人による舞翁という編成だと聞いていましたが、神主さんを含めても10人ですね。次回、来年に機会があれば確認しないといけません。

翁の舞が始まりました。
基本的には本殿に向かって奉納されるのですが、途中に数回、回りながらこちら側に向いていただけるシーンがあります。

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境内が狭く、動き回れず同じ角度のカットばかりになってしまうので、舞の動きを表現しようとスローシャッター(6分の1秒)で撮影したカットです。
ちょっと、遅すぎでしょうか。

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舞の最後のほうで行われる変わった所作があります。
「口を打って笑う」所作とも聞いたことがあり、笑いのシーンだと思いますが、手元資料では確認出来ませんでした。

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舞が終わると、地元の方をを中心にお供えされた方々の名前が呼ばれ、名前が呼ばれるたびに「エンエイ」と囃し立てられます。

国栖奏のお供え物も特徴があり、山菓(くり)・醴酒(一夜酒)・腹赤の魚(ウグイ)・土毛(根芹)・毛獼(赤蛙)など珍味が供えられていました。
その中でも特に興味があったのが、毛獼(カエル)と腹赤の魚(ハラカノ魚)でしょうか。

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《撮影メモ》
境内が狭いので、それなりに早く到着していないとなかなか撮影が難しいですね。
しかし、早く行って前列にいると境内に上がる前の所作が撮れないので、痛し痒しです。
写真にはありませんが、集会所には天武天皇の掛け軸があったり、スズリブタといわれるお供えがあったりと、舞だけではない奥行のある行事です。
地元の方が出されていたぜんざいをいただいておりましたら、「一夜酒」という、天武天皇も召し上がった(かも知れない)お神酒を頂戴しました。
砂糖が入ってるのか?と思うぐらいとっても甘いお酒でした。
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葛木坐火雷神社 御田植祭

2013年2月11日撮影

2月11日は御田植祭の最盛期?
午前中には、御所市伏見の八幡神社を拝見し、午後の一カ所目は葛木坐火雷神社(かつらぎにいますほのいかづちじんじゃ)、通称、笛吹神社の御田植祭を拝見しました。

ここの御田植祭にも牛が登場しますが、変わっているのは祈年祭に参加するところから、牛の面を着けていることでしょうか。
ですから、あの長くて急な石段を、牛に扮して登って行かれるシーンも面白いですね。

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拝殿での祈年祭が終わると、石段下で御田植祭(おんだまつり)が斎行されます。

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最初に田んぼに見立てた四角く結界されたところが清められ、スキやクワの所作があります。
その後、牛が登場。田んぼを耕し、田んぼをならしていきます。

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そして、神官と田主やくの3人で田植の所作がありますが、植えるというより、落として行くって感じでした。

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ちょっと変わってるなぁと感じたのは、苗を模した杉の葉っぱ。
これには沢山の実が付いていて、花粉がたくさん出そうなものを選んでおられるようで、聞くところによれば、花粉や杉の実が子孫繁栄につながるとかで、花粉症には辛い祭典ですね。

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最後には御供撒きが盛大に行われますが、ここでのポイントは、雨のように撒かれる御供を必死で求める群衆に中で、牛が暴れまわるというところです。

あまりの群衆で、牛をファインダーで捉えきれないので、上から俯瞰で撮影しましたが、まるでウォーリーを探せ状態でした。

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アップ画像はこちら

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御所伏見 八幡神社の御田植祭

2013年2月11日撮影

2月11日は、県内各地の神社で行われる「御田植祭」や「おんだ祭」の集中する日で、民俗や伝統行事ファンには「今年はどこに行こうかと」頭を悩ます日でもありますね。

ということで、今年は有名とは言えないけれど、昨年に行けていない行事を最優先とし、午前中は御所伏見にある八幡神社を訪ねてみました。

ここ八幡神社は、銅板葺きの鳥居から、一直線に伸びる103段の長い石段を登り、神門をくぐると、中央に三間社流造の本殿があるという、なかなか由緒のありそうな神社で、応神天皇(誉田別尊)を祭神として祀られています。

ここには以前、近畿大学の櫻井教授の解説付きバスツアーで拝観させていただいた時、「今日はご覧いただけませんが、本殿扉の内側には金箔地に鷹が二面、花が四面の見事な国宝級の日本画が描かれていますよ。」とお伺いしておりましたが、今日は祭典ということで、運良くその国宝級の日本画を拝見することも出来ました。(写真はありません)

さて、祭典は中央の本殿で祝詞奏上や献撰があり、役員らの玉串奉奠が行われます。

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御田植祭は一段下がった場所で行われますが、まずは湯立て神事です。

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田主さんによる鍬の作業

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そして、牛の登場です。
他の御田植祭やおんだ祭は、左回りなら、すべて左。右なら右。となっていますが、ここでは所作によって方向がいろいろです。写真撮影には、いろんな角度で撮れるのでありがたいですね。

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最後は地元のみなさんで、田植えが行われます。
植えられた苗は最後には持ち帰り、田んぼのあるおうちでは水口に、無いおうちは神棚に上げてお祀りされるようです。

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この後、御供撒きならぬ、御供配りがありました。
前述の写真背景にあるように、参拝者も多くないためそうされているのかなぁという感じでした。
で、私も一袋頂戴いたしました。ありがとうございました。

大和神社 御田植祭

2013年2月10日撮影

天理市の大和神社(おおやまとじんじゃ)で御田植祭を拝見しました。
昔は正月の行事として、1月10日に行われていたようですが、今は新暦にあわせて2月10日となっているようです。

御田植の所作については、他の地区と似通っていますが、祭事に奉仕するのが中学生くらいの子供さんが多いのが特徴でしょうか。

以下、少し枚数が多くなりましたが所作順で画像を掲載いたします。

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大和神社 節分祭 鬼やらい式

2013年2月3日撮影

節分には鬼退治が付き物。
前述の大安寺を含め、興福寺や法隆寺、金峯山寺、薬師寺など各寺院で行われていますが、今日は天理市の大和神社(おおやまとじんじゃ)の鬼やらい式を拝見しました。

大和神社では、前日2日の午前10時から子供節分祭と称して、地元幼稚園児を対象に、落花生による豆まきや、拝殿前で赤鬼、青鬼、天狗が演技。いろんな鬼に向かって落花生を投げつけ撃退するというイベント?も行われるそうです。(神社HPより)

本番の3日夜には境内に沢山の提灯が灯され、福引も行われていました。

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19時頃、いよいよ拝殿に青鬼・赤鬼が登場し、金棒を持って参拝者を威嚇します。
ただし、子供達は怖がるどころか、携帯で写真を撮ったり、歓声をあげて鬼を挑発していました。

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つづいて赤鬼

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青鬼、赤鬼が拝殿や回廊で気勢や演技が終わると、天狗の登場です。
他の寺院では毘沙門天が多いように思いましたが、ここは天狗で、天狗は猿田彦命であるとされているようです。

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鬼退治が終わるとお楽しみの豆まき。
ここの豆まきにも抽選札が入っていて子供も大人も豆の奪い合いが始まります。
もう、子供達は拝殿にあがって、面を外した天狗さんの持っている豆をそのまま奪ってしまいそうな勢いでした。

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大安寺 節分会

2013年2月3日撮影

2月3日は節分の日
県内各地で節分行事や豆まきが行われています。
大安寺は南都の諸寺と同様、平城遷都にあわせて飛鳥藤原宮にあった大官大寺が移されたものです。

大安寺の節分会は本堂奥の護摩堂で護摩焚きが行われたあと、本堂の南側の回廊で行われます。
鬼は赤鬼と青鬼。本堂から現れた後、境内におりて人々を威嚇します。

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暴れまわった赤鬼と青鬼は、大安寺の貫主が投げる豆と法力によって退治されました。

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大安寺の豆まきは小袋に入れられた福豆
小さな袋ですが、その分一度にたくさん撒かれるので、写真にした時に写りが良いですね。

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豆以外にも、当たり付きの福豆や紅白のお餅などいろいろ。
なかなか充実した豆まきです。

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手向山八幡宮 御田植祭

2013年2月3日撮影

手向山八幡宮では毎年、節分の日に拝殿で御田植祭が行われています。
特に田主が翁面を着けて能楽の様式を兼ねる古式な行事で民俗上でも貴重な祭典だとも言われています。

田主をはじめ、牛に扮した牛童や巫女などが境内を一周し、東門から改めて入場されます。

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田主によるクワ初め

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田主と牛童により田起こし
途中、牛童が「も~、も~」と鳴き、観客から歓声があがる。

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田主によるえぶり使い(マンガでしょうか)

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田主による種まき
「福の種 蒔こうよ」「東田へ蒔こうよ、東田へ蒔こうよ、南田へ蒔こうよ、北田へ蒔こうよ、川上田へ蒔こうよ、日本国蒔こうよ」と謳う。

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最後に豆まきが行われます。
私も1個いただきました。

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若草山焼き

2013年1月26日撮影

この若草山焼きの由来については諸説があり、一般的には東大寺と興福寺の境界争いから奈良奉行所が仲裁に入り、それ以降この山焼きを行うようになったと言われていますが、牛鬼という妖怪退治や、単なる野焼きだと考える説もあるようです。

以前は成人の日に行われていましたが、現在は1月第4土曜日となっています。

前記事にあるように今年から少し変更され、水谷神社で浄火を松明に移し東大寺・興福寺の衆徒とともに山麓の野神神社まで行列し、春日大社の神官によって祭典が行われます。

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祭典のあと、大松明に点火され若草山の中腹にしつらえられた大篝火に向かいます。

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大篝火に点火を待ちかねたように、若草山の頂上付近から花火が打ち上げられ、地元消防団により山に火を点けられました。

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夜空を焦がすほどの大きな火柱があがり、かなり離れた場所でもその熱気が伝わってきます。

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春日大社 御神火奉戴祭

2013年1月26日撮影

平成25年から始められた春日大社の「御神火奉戴祭」
同日の夕刻から開催される若草山焼きの御神火を、大とんどから切り出して頂戴するという行事です。

よって、今年から松明行列の道順も変更になりました。

まずは、大とんどから清浄な火が切り出されます。

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飛火野から春日大社の参道を抜け、水谷橋から水谷神社横の能舞台まで行列されます。

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水谷神社では元火が、かがり火に移され、さらに松明に移されます。
松明は改めて行列となり、若草山に向かいます。

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春日大社 大とんど

2013年1月26日撮影

春日大社では小正月の伝統行事である「大とんど」を、1月第4土曜日に境内の飛火野で開催され、正月に神社に持ち込まれた古いお札やお守り、注連縄飾りなどを焚き上げられました。

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奈良豆比古神社 弓始

2013年1月20日撮影

奈良県内の多くで行われる弓打ち行事ですが、翁舞で有名な奈良豆比古神社では「弓始」という名前で行われています。
五穀豊穣(ほうじょう)などを願い、年長者の長寿を祝う新春行事という点でも共通点も多くありますが、ここには的がありません。
拝殿には松やコンブなどで作った「尉斗婆(じょうとんば)」とサケが供えられ、宮司が祝詞を奏上したあと、四方に弓矢を放たれます。

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月ヶ瀬桃香野八幡神社 御弓始祭

2013年1月20日撮影

奈良市月ヶ瀬桃香野の八幡神社では毎年1月20日に近い日曜日に御弓始祭が行われます。
今年はたまたま20日がちょうど日曜日にあたりましたので、旧の日程とおりです。

まず、八幡神社石段下の的場で祭典が斎行されます。
的前の祭壇には祭典で使用される桑の木で作った弓と、蓬(よもぎ)の矢7本が置かれていました。

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祝詞の奏上や玉串奉奠の後、宮司さんが祭壇の前で四方、天、地、最後に的の中央を射抜き祭典は終了されます。
この的場は月ヶ瀬ダムを見下ろすような場所にあり、とても見晴らしがいいです。

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全員神社に戻ったあと、宮司さんが鳥居下で三ヶ所に三回ずつの盛り土をし、御神酒を三度ずつ三回注ぎ、ムクゲの小枝を三本ずつ三回に分けて刺し、弓矢を各三本ずつ3回、計27本が置かれます。

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祭典の手順や準備物、的を射る場所の神事など本当に細かく厳粛に行われていましたが、弓を渡すにも作法がありました。
オトナと呼ばれる長老が最初の射手に弓を渡されるのですが、両者は向かい合って左足を立てて腰を下ろし、オトナ、射手ともに弓を三回頭上に掲げ受け渡されます。

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射手は20歳になったものがするという習わしだそうですが、若い人が少なくなったので、最近は奉仕者と呼ばれる代理人が的を射るそうです。
長老、古老に囲まれて少々緊張気味です。

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正確には判りませんが的まで100メートルくらいはあるそうです。
的にはなかなか当たらないそうです。

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陀々堂の鬼はしり

2013年1月14日撮影

陀々堂の正式名は念仏寺陀々堂と言い、鬼走り行事はその修正結願の作法として行われています。
この行事は、平成7年に国の重要無形民族文化財の指定を受けた伝統行事でもあります。
夜間の写真が多いのですが、日中にも火を点けないで行われる鬼走りがあることを知る方は少ないようです。

夕刻18:30を過ぎた頃、堂内で息災護摩供が行われます。

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境内に設けられた大きな柴灯護摩供では山伏によって、四方天地に弓が引かれます。

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本堂から護摩の火が移され、あたり一面もくもくとした煙に包まれていきます。

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いよいよ鬼はしり
と言っても、鬼が本当に走るわけではありません。
写真で大きさが上手く伝わりませんが、すごく重そうです。

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