スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東坊城のホーランヤ

2013年8月15日撮影

昭和57年3月に県の無形民俗文化財に指定された「ほうらんや火祭」では、橿原市東坊城町内の5地区(弓場・川端・大北・万田・出垣内)と隣接する古川町の6つの字から大小あわせて16個の大松明が神社に奉納されます。
練りだした大勢の村人が、大きいもので直径1.5m、高さ3m、重さ450kgを超える松明に火をつけて担ぎ出し、八幡神社(東坊城町)と春日神社(東坊城町)の境内を担ぎ回る勇壮でにぎやかなお祭りです。(橿原市HPより)

今年は先に行われた春日神社には間に合わず、八幡神社だけの撮影となりましたが、今回は各地区からの巡行から拝見してみました。写真は近鉄坊城駅前で、担ぎ手のみなさんは今か今かと待っておられます。

DSC_2295.jpg

大松明には3本の太い棒が挿されていてます。

DSC_2299.jpg

大松明は各地区から直接、八幡神社には向かわず町内を練り歩きます。

DSC_2306.jpg

DSC_2313.jpg

そしてご祝儀をいただいた会社や店舗前で、お神輿のごとく、大松明をかかげお祝いをされていました。
このシーンは駅前のローソンさんからご祝儀があったようです。

DSC_2316.jpg

町内を回り終えると、いよいよ宮入です。

DSC_2319.jpg

宮入した地区から拝殿で巫女さんからお祓いを受けられます。

DSC_2327.jpg

全地区が境内に集合し、お祓いが済むと、各地区が順番に大松明に火が入るのですが、最初は火をつけないで境内を2周されます。
そしていよいよ大松明に火がつけられました。

火のついた大松明は境内を2周しますが、夏の最中に火の祭典。担ぎ手さんは汗びっしょりです。

DSC_2348.jpg

DSC_2369.jpg

DSC_2414-1.jpg

《撮影メモ》
はじめて町内巡行を拝見しましたが、なかなか面白かったですね。
掲載点数の関係でカットした写真には、踏み切りで電車が過ぎるのを待つ大松明や、踏み切りを渡るシーンなど境内に居ては撮れないカットでした。
八幡神社の境内は比較的広いので、早くから来て場所取りするより、出たとこ勝負の方が松明の角度や背景が変わっていいかも知れませんね。
スポンサーサイト

東坊城のホーランヤ 宵松明

2013年8月14日撮影

県指定の無形民俗文化財である「東坊城のホーランヤ」は大変有名で、近隣はもちろんのこと他府県からも珍しい真夏の火の行事として大勢の参観者が訪れます。
しかしながら、その前日の14日には「宵松明」が奉納されることはあまり知られていないようです。

驚くべきは、この松明は他の行事のように持ち回りの当屋さんが作られるのでなく、毎年、同じ家の方が奉納されているということです。
その方のお話によれば、400年ほど前に氏子集落で流行病か飢饉があって、当時の氏子らに頼まれて小さな松明を八幡神社に奉納したのが始まりということで、それ以来、ずっと当家でされておられるのだそうです。

夕刻になり、川端区の旧家から小松明(宵松明)が八幡神社に運ばれて来ました。
以前は担いでおられたのそうですが、今は軽トラックで運ばれています。

DSC_1973.jpg

氏子らも揃ったところで、本殿前で参拝されますが、宮司さんはおられないようですね。
みなさん、めいめいでお参りされていました。

DSC_1979.jpg

お参りが終わると、いよいよ宵松明。
重さはお聞きしていませんが、直径で約1メートルくらいでした。
本殿からも持ってきた火を小さな松明に移し、それをまた宵松明に移されます。

DSC_1987.jpg

その後、境内を時計まわりに2周されて、本殿前に戻り、松明が燃えきって儀式は終了です。

DSC_1993.jpg

DSC_2004.jpg

DSC_2006.jpg

《撮影メモ》
一般の参観者は、私だけでした。あまり知られていない行事なのでしょうね。
でも、毎年ちゃんと続けておられるのはすごいことです。
本文中にもこの松明は旧家で作られると書きましたが、今年はお孫さんも手伝ってくれたそうです。
小学生くらいだったでしょうか。この少年が大人になっても、この行事(儀式)が続いてくれていることを願うばかりです。

畝火山口神社 お峯のでんそそ と、お水取り

2013年7月26日撮影と28日撮影

橿原市の畝傍山の西山麓にある「畝火山口神社」のでんそそ祭を拝見しました。
なのに「お水取り」?

奈良で「お水取り」というと、東大寺二月堂のお水取りが有名ですが、ここの「お水取り」というのは、28日のでんそそ祭に先立って、吉野川に出向いてお水を汲むことからそう呼ばれているようです。

橿原市のHPでは、このお水取りが行事の中心的な行事だとされていて、「明治維新前は、26日の早朝に神官らが12人の供を従え行列を組んで壷坂峠を越え、はるばる大淀町土田の吉野川周辺へ水汲みに出掛けたと伝えられています。」との記載があります。

26日の早朝、吉野郡の土田にある住吉神社で神事が執り行われますが、畝火山口神社の宮司さん以外にこの神事に参加されるのは畝火山口神社の氏子ではなく、当地に住まわれる方々です。

DSC_1692.jpg

DSC_1695.jpg

神事が終わると国道を南側に越えて、さらに近鉄の線路を横切って吉野川の川岸に向かわれます。
吉野川の川岸には、すでに忌竹で結界された場所が設営されていました。

畝火山口神社の宮司さんが、祝詞を奏上し、持参した容器に清らかな吉野川の水を少し汲んだあと、地元の方に残りを汲んでいただかれました。

DSC_1709.jpg

DSC_1721.jpg

撮影は叶いませんでしたが、この水は畝火山口神社の宮司さんが持ち帰り、自宅の床の間に式典まで置かれているそうです。

ここから28日撮影

俗にお峯のでんそそと呼ばれるこのお祭りは夏の大祭でもあり、氏子さんや周辺住民の楽しみなお祭りで、夕方には盆踊りやカラオケ大会、ダンス大会まで開催され大変賑やかなお祭りです。

しかしながら、これからご紹介する午前中の神事は氏子総代や役員だけで行われています。

神事の時間が近づいた頃、宮司さんが26日に汲んだお水を甕に入れ、本殿中央にお供えされます。

DSC_1732.jpg

一般的な神事のあと、拝殿で流行歌の歌手や太鼓が奉納されます。

DSC_1776.jpg

神事が終わると太鼓が出され、地元の長老達の手によって「でんでんでん、そそ」「でんでんでん そそ」と打ち鳴らされます。

DSC_1806.jpg

今年はNHKさんの取材が入ってました。
ご長老のインタビューでは「今年も叩かせていただける。叩けるということは元気一年過ごせたということ。ありがたいことです」とお話されていました。

ちなみに、この長老さんは確かに昨年も中心的に太鼓を叩かれていましたね。
同じように、私にとっても、昨年に続いて撮影させていただける喜びを感じています。

夕刻には巫女さんがお参りの氏子さんが来られるたびに、舞があり、そのあと鈴の音でお清めをされていました。

DSC_1864.jpg

DSC_1871.jpg

《撮影メモ》
吉野川で行われる「お水取り」が大淀町の無形民俗文化財に指定されるようです。
文化財に指定されることによって、伝承が守られるという面や、地元の文化を地元の人が知るという点でも大変大切なことだと思います。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。