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篠原踊り

2015年1月25日撮影

県無形民俗文化財であり国・記録選択でもある大塔の篠原踊りを拝見しました。
篠原踊りは地元の保存会によって継承されていましたが、少子高齢化により継承が難しくなっていました。
存続の危機に面した保存会は集落外から踊り子を募集してでも存続させたいという強い気持ちで昨年の7月に募集、約半年間の練習によって今日披露されたものです。

踊り子さんの多くは、以前集落に住んでいたが、仕事上などの理由で集落を離れた方々が大半だそうで、地元に対する愛情でしょうか。

元々の開催日は旧暦1月25日であった行事ですが、新暦に直し、新暦の1月25日に行われます。
今回は、集落外からの踊り子の初披露と好天に恵まれ、たいへんな賑わいでした。

演目はむかしどおりの「梅の古木踊り」「宝踊り」「世の中踊り」です。

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若草山焼き

2014年1月24日撮影

いつも応援してくださる社長さんのビルの屋上から撮影させていただきました。
ありがちな構図ではありますが、オールマイティを重視いたしました。

conp-1のコピー

平尾のオンダ

2015年1月18日撮影

「平尾のオンダ」は県指定無形民俗文化財で宇陀市の平尾水分神社で行われる農耕の予祝行事です。
こちらのオンダの特徴は境内に舞台が設けられ、その上で行われること。
また、ショトメと呼ばれる小さな子供さんが参加されることでしょうか。

本殿での祭典が終わると、境内の舞台に移って、オンダが行われます。
鍬初之事

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水入る事

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福の種を蒔事

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苗取之事

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この行事のもう一つの特徴が「若宮サン」と呼ばれる体長50cmほどの人形です。
肢体が布で作られていて、黒式尉(コクシキジョウ)の面を付けています。
そして、この若宮サンには多くの紙縒りが付けられていて、参拝者らは自分の調子の悪いところをいただくと、その病や怪我が快復するとされています。

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宇陀市深野 鬼鎮(きちん)

2015年1月18日撮影

奈良県内の各地で行われる新年の行事、「ケイチン」。
「ケイチン」は、「卦亭」とか「結鎮」などと表記されますが、ここ深野では「鬼鎮」と書いて「きちん」と読むそうです。

深野の鬼鎮は、神社の行事ではなく地元の行事として斎行されます。場所的には神明神社の前の道路脇ですが、神社とは一切関係がないとのこと。

なので、行事もみんなが集まったかなぁと、突然、始まりました。

まずは長老のあいさつ

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「これから鬼鎮を始めさせていただきます」程度の短いご挨拶の後、
そのまま長老が弓を持ち、東西南北、天地を弓矢で射る格好をされます。

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とても86歳とは思えない、スムーズな動きで、あっと言う間に1本目の矢が放たれました。

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矢は2本放たれ、的には当たらなかったものの、真っ直ぐに飛んで行ったので、一同拍手喝采。

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行事はこれでおしまい。
この後、集会所に場所を移して、直会のような宴が催されます。
中央に座っておられるのが、今年のお役目の方。(役名はないそうです)
お役目さんは、ほぼ年齢順に毎年順繰りだそうで、男子、一生に一度の晴れ舞台でもあるそうです。
また、そのご親戚の方々はこの宴の補佐にまわり皆さんをもてなす習わしだそうです。

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宴に供されるのは「ごぼう」「まめ」「じゃこ」の三種で、昔から伝承の料理だそうです。
お重に入れてそれぞれが取り分けていきます。(写真は無理をお願いして、三種盛りにしました)

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《撮影メモ》
深野という集落は宇陀市ではありますが、もっと北よりで三重県境に近い場所でした。
周りは美しい山々に囲まれた美しい集落で、桜や紅葉の時期には沢山のカメラマンが来られるとのことでした。
写真は今回のお役目の方。右手は息子さんだそうです。
それとお役目さんの右手後方に見える白い丸が、的。
目測で130mくらいはあったでしょうか?余程の名人でないと届きもしませんよね。

今回の行事もまたほのぼのとしたいい感じの行事でした。

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御所・吉祥草寺 茅原のとんど

2015年1月14日撮影

御所・吉祥草寺 茅原のとんどは、県指定無形民俗文化財(国・記録選択)であり、その松明の大きさから県内でも知られたとんど(左義長)です。
ひとつ前の記事では、その「とんど松明」の製作風景をご覧いただきましたが、今回の記事は本番です。

そして今回は松明の燃え盛るシーンのほか、諸行事・儀式も拝見してきましたので少々点数が多くなりましたが、お付き合いいただければと存じます。

午後7時頃、「儺々会の踊り」(だだえのおどり)が奉納されました。
この踊りは「ダダフミ」という昔行っていたものを2年ほど前に復興され、保存会によって継承していこうとされている踊りです。
昭和47年に発行された「増補 大和の 年中行事」には「ワッショイ・ワッショイとかけ声をかけ、手を打ちならし、ダダフミを行い、たがいに押し合いをして踊りまわる」との記述がありましたので、少なくともその頃はまだ実際に行われていたのでしょう。

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松明には午後8時30頃に点火されますが、ただ点火しておられるわけではなく、その前に地元の方々だけで行われている「手打ち式」という儀式があります。
この儀式は玉手と茅原に両地区の代表らが、お寺から離れた場所の村の辻で合流し、手を打ちならすことからこの名前が付いたと伺いました。
一般的に「手打ち」というと、「仲直り」のイメージがありますが、ここでの「手打ち」はこれから始める「とんど」を協力してやりましょうという気持ちを込めて行われているそうです。

まず玉手の皆さんは、玉手駅から北側の道路側で高張提灯を掲げて、その時を待ちます。
写真の左から6人目くらいに奉行さんの恰好をされた方がおられますが、この方が雌雄松明への「火付け役」だそうです。
そして驚くことに、「火つけ役」は、必ず玉手の方であり、それも「西村家」が代々受け継がれているそうです。

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玉手地区の待機されている場所から離れる事300メートルくらいでしょうか、茅原の皆さんも同じように時を待ちます。
そして茅原地区の方に色々お話を聞かせていただくと、驚くことに、以前は「玉手」と「東寺田」の2地区が、雌雄の松明を作られていたそうです。
ある時、東寺田地区の方が作れない事になって、それ以来、雌松明を作られているそうです。
「茅原で作るようになったのは昭和40年代かな」とのお話でしたが、前述の「大和の年中行事」には、「東寺田・玉手の両地区から・・・」という記述がありますので、昭和50年代かも知れませんね。

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さて8時になると、玉手と茅原の両地区が合流し、「手打ち式」が行われます。
「手打ち式」は合流地点で1回、山門前の松場(まつんば)で1回、最終的に本堂前で1回の合計3回行われます。
写真は本堂前での「手打ち式」の様子(今回、茅原地区の皆さんと同行し、特別に撮影させていただきました)

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その後、両大字の代表らは本堂に上がり、住職から御供を受けられます。

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で、ここまでの儀式が終わって、いよいよ松明に点火されます。
点火するのは、前述の玉手地区の西村家さんで、雄松明の恵方からということで、西南西から点火されます。
が、残念ながら観客とダブってしまい点火される西村さんの姿は撮れませんでした。

今年は前述にも雨が降らず良く乾燥していたのでしょうか、あっと言う間に天を焦がす勢いで松明が燃えていきます。

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「マチマキ」と呼ばれる化粧綱が焼け落ちる場面です。
以前はこの焼け落ちた綱をかいくぐって、中の杭を抜き取ろうとされてたようで、今は禁止になっているそうです。

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境内の入り口側に回り込んで観衆と松明を背景に本堂を入れて撮影しました。

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松明の火はなかなか衰えませんが、参詣者の皆さんは本堂側から、松明の間をすり抜けて自宅に帰られます。
以前は縄に火を移して、くるくる回しながら帰る方がおられましたが、今年は見かけませんでしたね。
竹炭などをお持ち帰りの方は沢山おられました。一般的にはこの火をもって神仏に灯明を献じ、翌朝あずき粥を炊いてお祝いするとも言います。

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《撮影メモ》
今回の茅原のとんども楽しく、興味深く拝見できました。
松明の炎だけでなく、色んな儀式があって地区の方とのお話の中で、知らなかったことを教えていただいたことは、大変有意義な時間となりました。
なぜ1月14日なのか、、、という話も伺いましたが又の機会に記述いたします。
改めて、茅原・玉手地区の皆さん、ありがとうございました。

御所・吉祥草寺 茅原のとんど 松明製作

2015年1月11日と14日

御所・吉祥草寺「茅原のとんど」は県指定無形民俗文化財(国・記録選択)であり、その松明の大きさから県内でも知られたとんど(左義長)です。
14日の夜ともなれば、近隣の方はもちろん遠方からも大勢参拝に訪れられますが、今回はその松明が作られていくシーンを撮影させていただきました。

茅原の松明は2日間に分けて、雌雄2基製作されますが、今年は11日にまず茅原地区が担当される「雌松明」を途中まで組み上げ、14日には茅原地区の「雌松明」の仕上げと玉手地区が担当される「雄松明」の製作と、両松明を立ち上げるという順序です。
なお、掲載の写真は雌雄取り混ぜておりますので、ご了承ください。大まかな部分は同じです。

(ここから11日撮影分)

これは外側の部分の製作です。
青竹を放射状に並べ、その上に茅を敷き縄で強く止めていきます。

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芯となる部分は別の場所で作られます。
中に竹芝やコワラ芝と呼ばれる下草笹や雑木材を刈り束ねたものを、広い方の直径が2.1mくらいになるようまとめていきます。そして、そのまわりにコワ材と呼ばれる材木の板切れを立てて、化粧縄をして完成させます。

完成した芝(中心部)をフォークリフトで先ほど作った外側に乗せ、巻いていきます。

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(ここらか14日撮影分)

境内の別の場所で、長さ3mくらいの柴が作られていました。
聞くと、「玉手地区た担当する雄松明のてっぺんに刺す男性のシンボル」だそうです。(本堂に向かって左側の松明)

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外側が付けられると、次は「ハチマキ」を呼ばれる直径30cmくらいのとても太い綱が上部に巻き付けられます。

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長くてしかも太いので巻き付けると言っても、相当な力仕事ですね。

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出来上がった松明は巨大なクレーンに吊り下げられ、松を3本埋められた台に合わせて、竹でバランスや方向を調整しながら立てられました。

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ちょうどその頃本堂内では僧侶の読経につづいて、行者さんが護摩焚きを始められました。

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雌雄のどんどは夕刻に完成し、あとは本番を待つばかり。
夕闇に静かに時を待つとんどが印象的でした。

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東明寺/八幡神社のおんだ祭と綱掛け

2015年1月12日撮影

東明寺/八幡神社は大和郡山市の矢田地区にある古寺と古社です。
こちらでは稲作の予祝行事である「おんだ祭」と「綱掛け」が同一日に行われます。

午前中は藁をない(編み)、目測で長さ30mばかりの綱が6本作られました。

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午後からは綱と綱をさらにより合わせて、太い綱にされます。
他の地区ではこの縄つくりは男性のみでされていて、女性は参加しないところも多いですが、こちらの地区では住民総出で作られていました。聞けばこの集落にはもう7軒しかなく、男性だけでは手が足りないとのことでした。

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境内の木に太い丸竹を張り渡し、二手に分かれて、「チョウサジャ、チョウサジャ」と威勢よく細綱を交互にない(編み)、出来た太い綱は竹越しに後ろへ引かれます。

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当日はこの時期にあっては過ごしやすい良い天気でしたが、神社境内は日が当たらず、少し寒気を感じましたが、皆さんは延々と作業されもう汗だくです。

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綱が出来上がると、一年間神社の世話をするトーヤがその中に立ち、周囲を綱でぐるぐる巻きにする。
・・・と、突然、綱を巻いていた方が他の人まで巻き込んでやろうを一気に駆け出されました。
あまりの突然に大笑いに皆さんでした。

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一旦倒してトーヤを出しますが、先ほど綱作りに使っていた太い竹で、お尻の方からトーヤさんを突き出します。まるでところてん状態です。

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綱を竹に串刺しした状態で神前に供える頃、宮司さんが到着され、神事が始まります。
まずはおんだ祭。
境内に鍬で書かれた田んぼに目がけ、米や大豆、苗に見立てた松を撒かれました。

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綱にもお浄めされました。

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綱は軽トラックに載せられ、集落の境界まで運ばれて行きます。

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綱を張る場所は急な谷間の崖と崖を結びます。
明日香の栢森や稲渕も急な場所でしたが、ここは比べものにならないくらいの急峻な場所で、登るための鎖が用意してありました。

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4時前には広い谷に100m位でしょうか、綱が張り渡され、今年の綱掛けは無事終わりました。

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《撮影メモ》
行事に参加されている皆さんの表情が良かったですね。
和気あいあいで、トーヤも住民も関係なく、子供さんも参加して、楽しくされていたのが印象的でした。

ちょっと今回の掲載分はWBが上手くあってないのか、色が上手くあってないですね。
一応の流れはこれで見ていただけると思いますので、ごめんなさい。

烏川神社・運川寺の弓祝式

2015年1月11日撮影

烏川神社・運川寺の弓祝式は千百年の伝統を守ると言われる行事
いつもは1月9日に実施されますが今年は11日となっていました。

昔、諸国に悪魔、怪物がはびこり疫病が流行して、平和であったこの山里の平常も、次第に不安なものとなった時、東弥惣と言う弓の名人が、悪魔を退治せんと、日頃から信仰する白山大権現の神力にすがり、日夜信心祈願し、弓矢を持って立ち向かい、首尾よくこれを倒したという伝説のある行事で、以後、今日まで連綿と続けられているそうです。

本殿右手の社務所の二階で出発式が行われ、お茶のあと、お神酒がつがれていきます。

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本殿で参拝

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本殿から運川寺に向かう一行

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運川寺で祈祷とともに、東弥惣の追善供養

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同寺にて東弥惣のいわれを拝聴する

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いよいよ弓射ちが始まる。
弓の引き手の三人は毎年新たに選ばれるそうで、引く手にも力が入る。

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的は烏川神社にあり、谷を隔て3~40メートルくらいだろうか。
なかなか当てるのは難しそうです。

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途中、梅の箸を弓の弦をくぐらせる所作があり、当たるまじないだとも言う。

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矢はひとり三本づつ、三回放つ。
途中で、先ほどの所作があり、再度三本づつ、三回放つとあるが、実際はもう少し多かったような気もします。

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弓引きが終わると、的場に移動し、鬼を退治する弓神事が行われ、宮守によって、桑の弓と蓬の矢によって、東西南北と天を打ち、最後に地として、的を射ぬきます。

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もう一人の宮守は白頭巾の出で立ちで、的に書いた鬼と格闘
これが大変面白く、まるでヒーローもののように、最初はちょっと劣性ながら、だんだん力が湧いて出てきます。
最後は打ち取った歓喜の踊りと言われる「千破美」を披露

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最後のとどめ、腰の短剣で鬼に見立てた的を一突きし住職による鬼の供養をして終わりです。

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《撮影メモ》
行事全体としてなかなか見応えのある行事でした。
写真愛好家がもっと押し寄せてもいいような気もしましたが、冬季であって、かつ川上村という距離が敬遠されるのでしょうか。

大神神社 繞道祭(にょうどうさい)

2015年1月1日撮影

新年あけましておめでとうございます。
平素から当ブログをご覧いただき誠にありがとうございます。

新年から少し時間が経ちましたが、今年最初の記事になります。
思えばこのブログを立ち上げた2年前のトップ記事が「大神神社の繞道祭」で、今年で3年目となりました。
この間、奈良県内の伝統行事の撮影に明け暮れましたが、少しは上手になりましたでしょうか。
記録なのか、作品なのかが定まらないままのブログですが、一つでも多く皆さんにご紹介したいという思いで、今年も一年よろしくお願いいたします。

大神神社の繞道祭についての説明は、大神神社のHPから一部転載させていただきました。
「大神神社の年頭を飾るご神火の祭典で、国家・御皇室の安泰と国民の幸福を祈ります。
繞道祭に用いられるご神火は新年の始まりの午前零時を期して、拝殿の東方、禁足地内で宮司によりきり出されて、拝殿大床の燈籠に移し置かれます。
祭典では宮司祝詞奏上の後、ご神火を小松明に点し2人の神職が拝殿内を走り出て、拝殿前の斎庭で待つ3本の大松明に火が継がれます。
そして、先入道(さきのにゅうどう)・後入道(あとのにゅうどう)と称する2本の大松明(長さ約3メートル)と少し小さめの神饌松明の計3本を氏子の若者がかつぎ、神職と共に山麓に鎮座する摂末社19社を巡拝します。」

掲載写真については時間順にてアップいたしました。

小松明が拝殿から出てきた場面で、二つの小松明を交差させます。

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拝殿前の斎庭で3本の松明に火が移されました。

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3本の松明が掲げられ、これから摂社・末社の十八社巡りが始まります。

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いつもは暗い摂社・末社の参道が松明の炎に照らされます。

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狭井神社を出発するシーン

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狭井神社から檜原神社に向かい山裾を行く松明の一行

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檜原神社近くの山道を登る松明の一行
今年は生憎の天候で、足元が悪く転倒者が続出されていました。(懐中電灯、必須です)

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檜原神社に到着
境内が松明の炎で明るく浮かんで見えます・
ここで少しの休憩があり、お茶の接待が嬉しかったですね。

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檜原神社を下る松明の一行
遠くに町の明かりが見えています。

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遠くに三輪の大鳥居を拝して

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大鳥居から二の鳥居を経由し、参道に戻ってきた松明一行

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そして拝殿前の石段を全力で駆け上ります。

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最後は御神木「巳の神杉」を三周されて十八社巡りは終了です。

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《撮影メモ》
今回は2回目の撮影でしたので、十八社を一緒にまわってみようと発起!
でも実際は全くついて行けない。全く写真が撮れないという事態でした。
でも、定位置で待つ撮影より、自分なりには躍動感のある写真が撮れたかなという思いもあって、なかなか難しいですね。

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