三宅町石見の農神さん(野神さん)

2015年5月5日撮影

農神さん(野神さん)
祭の前日に氏神にて十五歳の男子が中心となって藁・杉葉で三メートルに及ぶ蛇を作る。
翌朝早くに蛇を「野神の塚」へ運び、小豆餅、神酒、山海の幸を供えて古老の祈祷をうける。
豊作を祈願し、供え物を食べる楽しい仲間入りの行事である。
(三宅町教育委員会)・・・野神塚前の案内版から全文引用

大和の5月から6月にかけて行われる民俗行事として知られる「ノガミさん」
米藁や麦藁、草木で作られた蛇(ジャ)と呼ばれるものを集落を回りながら塚まで運び奉納(安置)すると言う行事です。

県内では御所の野口神社で行われる「汁かけ祭」や、田原本の鍵・今里で行われるものが良く知られていますが、三宅町にもその行事が伝承されていました。
ただし、少子化の影響により、前述した案内版のように子供は参加されておらず、地区役員さんらだけでが行われていました。

ここの蛇は体長3メートルくらいで、中心の木に杉の葉を巻き付け、頭部の口にあたる部分に赤い布を付けてあります。

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塚は新興住宅の一角にあり、現在は旧村と新興の間にあるように見えますが、昔は村のはずれだったのでしょうね。

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村の役員さん曰く、「昨年・今年はちょうど具合の良い子供が居なかったが、子供が居たらちゃんと元通りにやりたい」「だから子供が居なくても、続けているんや」との事。
いつの日か、子供が居てこの行事が引き継がれることが出来るといいですね。
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久米寺 二十五菩薩練供養

2015年5月3日撮影

春の農繁期前の祭典。通称、『久米レンゾ』(久米会式)と呼ばれる会式が、近在の老若男女を多数集めて開かれます。(奈良盆地の農村地域では、春の一日を農休みの日と決め、村で楽しむ風習があり、これを「レンゾ」と呼んでいました。)
久米会式が近づくと本堂から護国道場まで約100mの掛け橋が架けられます。これは、現世(娑婆)と浄土をつなぐ来迎橋を示し、この橋を二十五菩薩が渡っていきます。これは、西方極楽から阿弥陀仏が二十五菩薩を従えて迎えにくることを示しています。
当日は、大般若経の典読があり、檀信徒・仙人講・詠歌隊・僧侶、住職、稚児行列が行われ、続いて薬師如来像を先頭に二十五菩薩が介添え人に導かれて長い橋を練り渡り、金堂に赴きます。「橿原市のホームページより引用」

僧侶が放つ散華を求める参詣者ら

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来迎橋を渡る二十五菩薩で先頭は観世音菩薩

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許可を得て本堂から撮影させていただきました。

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参加された稚児さんらが加持を受けられます。

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最後は来迎橋から御供撒き(餅まき)が行われました。

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おまけ写真です。赤い傘がとても印象的でした。

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正定寺の子ども花まつり

2015年4月某日撮影

一般的に「花まつり」と言えば、お釈迦様のお誕生日である4月8日ですが、ここ宇陀市にある正定寺では「子ども花まつり」として、子どもが参加できる日程で開催されています。(撮影日は某日とさせていただきました)

以前から「子どもさんらが白い象さんを引っ張る写真」を拝見していたので、是非とも拝見したいと行ったのですが、それ以上に心に残る、心に響く、心が温かくなる素晴らしい行事でした。
なので、この行事はfacebookやブログで紹介したくないような、いやこの感動を誰かに伝えるために紹介したい。との葛藤がありましたが、「伝えたい」と言う思いが上回り、ここにご紹介させていただくことにいたしました。

「子ども花まつり」はその名の通り子どもさんが主体です。もちろん導師としてのご住職がおられるわけですが、子どもさんが釈迦の歌を歌い、経を読み、そして釈迦の物語を朗読されます。
参加される子供たちは赤ちゃんから幼稚園児、小学生で多分、仏教のことなど良くわかっていないのでしょう。
それでも年長が年少の面倒を見ながら、お寺の中で同じ時間を過してるという事の素晴らしさに涙が出ます。

私の実家は浄土真宗(興正寺派)ですが、お寺と言えばお葬式のイメージしかありません。
これは悲しい事かも知れません。お寺はお葬式のためにあるのではなく、生きている私たちがいつでも行けるそういうものであって欲しいと強く感じた行事でした。

写真は一連を並べ掲載しました。写真は二の次です。

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