下部神社 吐山の太鼓踊り

2013年11月23日撮影

元々は雨乞いの踊りで、本来は不定期で実施される行事ですが、近年は郷土芸能の伝承を願ってなのか、小中学生らも参加して例年実施されているようです。

今年は、例年踊られる「干田(ひんだ)踊り」に加え、しばらくされていないという「長崎踊り」が披露されました。

太鼓踊りは集会所から二手に分かれて出発し、下部神社の南側からと北側から、太鼓を打ち鳴らしながら境内へと進みますが、撮影していて気になったのは、下部神社の行事のはずなのに、旗には「春日大明神」とか、「春日神社」とあります。

少し気になって調べてみると、

「下部神社はもともとは吐山の東南部字オリイにあり、社殿の裏山には岩石が重なった、里人が「いわぐろ」と呼んでいる聖域がありました。聖域は古代信仰の霊域であり、この地に星川氏が神武天皇の皇子、都祁国造の祖である神八井耳命を、氏神としてまつったといわれています。
 下部神社は、明治40年(1907)に中南垣内字クサオにある春日神社に合祀され、昭和20年(1945)に県社格に認められています。社蔵には絹本著色法華曼羅図、大般若経600巻などがあります。」大和路アーカイブから引用

なのだそうです。

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ちょっと写真と踊りの名前が良く判らなくなりましたが、踊りながら、踏み込んで、太鼓を叩くという動作が独特ですね。

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このあと、境内では御供撒きがありなかなかの活況でした。
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